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98年12月、骨髄移植のドナーを体験しました。
興味はあるけれど実態がまるでわからない…と登録をためらっている方のために、
登録から骨髄提供までの流れを簡単にお伝えします。


骨髄移植のコト(1)

 98年12月初め、骨髄移植のドナーを体験した。
 簡単に言うと骨髄移植とは、再生不良性貧血、白血病、先天性免疫不全症などの骨髄の病気の患者さんに、健康な提供者の骨髄を移植して治療を行うことである。これらの病気のほとんどは、重症になると骨髄移植以外の治癒は望めないらしい。つまり最後の望みの綱ということになる。だが、移植が可能となるHLA抗原が一致する確率はまったくの他人の間では数万人に一人と極めて低い。そこで、骨髄移植推進財団が設立され、ドナー(骨髄提供者)となってもよいという意思を持った人を登録しておくようになっているわけだ。

骨髄移植のコト(2)

 続いては具体的な採取の話といこうか。
 骨の中というものは竹のように中空の構造になっており、ここに骨髄と呼ばれるゼリー状の物質がある。この骨髄で血液の細胞がつくられているわけだ。
 ふつう、「骨髄移植」「骨髄採取」というと、たいがいの方が「背骨から取る」とお思いになるのではないだろうか。実はかくいう私もそうだった。3次検査のときだったか説明を受けるまでそう思いこんでいた。「骨髄」→「脊髄」の連想ですかね。
 実際に採取が行われるのは「腸骨」と呼ばれる部分である。後ろ腰、というか、お尻と腰の間、ウエストの少し下から、お尻の割れ目のいちばん上のラインあたりまでのところと言ったらいいか。この左右の骨から採取する。
 片方の骨につき3〜5カ所注射針を差し込んで、そこから骨髄液を抜くので、針のあとの穴が6〜10カ所残ることになる。もちろんこれはいずれ消えていく。
 採取する骨髄液の量は患者さんの体重によって異なり、患者さんが子どもの場合500ミリリットル程度、大人で750〜1000といったところである。採取した骨髄液には、肉眼では見えないような骨片や凝血塊などが混じっているので、濾過あるいは遠心分離などのあと患者さんに移植される。

 「すごく痛いのでしょう?」というのはやはりよく聞かれる質問である。でも……実はぜんぜん痛くない。なんでかっつーと全身麻酔をかけられるからである。意識をなくしている間にすべて終わってしまっている。ちょっとつまらない気もする。痛くなければ意識があってもいいなあと思うんだけど。実際、全身麻酔と腰椎麻酔の2種類の方法を取れるらしいが、多くの場合、全身麻酔のほうがより適しているとされているようだ。
 針を刺した部分の痛みについて言えば、包丁やナイフなどで切った切り傷よりも痛くない。ふつう、注射や献血で針を刺しても、そうそういつまでも痛みはしないでしょ? あんなもんです。もちろん針の太さが太いから、ふつうの注射よりは長く続くが、私の場合、採取の翌日寝ていて体位を変えようというときに気になるくらいだった。「痛いっ」と言うほどのことはない。退院後も「押したらまあ少し痛いかな?」というのが1〜2週間くらい続いただろうか。痛みの感じ方については個人差があるので一概には言えないが、「骨髄移植ってとっても痛いです(T_T)」というようなシロモノではないとだけは言っておきたい。

骨髄移植のコト(3)

 3次検査の案内が来てから(つまり移植相手が見つかったとされてから)実際の移植までには、思ったより長い日数がかかる。私の場合、3次検査の案内が届いたのは98年7月中旬、実際に移植が行われたのは同年12月初旬である。実に4ヶ月以上もの時間がたっている。患者さんにしてみれば、気が遠くなるほどの時間ではなかろうか。
 3次検査が実施されたのは案内が来てから約1ヶ月後の8月下旬、それから最終的にドナーに決定されたとの連絡が来るまでにまた2〜3週間、決定して最終同意書を交わしたのは10月15日。最終同意には本人、家族、医師、弁護士が一同に会すため、その全員の都合をつけるために簡単に1〜2週間のずれが生まれてしまう。このあたり、一日でも早く、と望む患者さんのために、なんとかもう少し短縮できるとよいのだが。ただ、ドナー側が安易に承知して、後でやっぱり尻込みするなどという困った事態にならないよう、十分な時間を置くようにしてあるのも事実である。

 最終同意が行われると、突発事故以外でのそれ以降のキャンセルは許されない。移植に向かって患者さんが準備を始めるからである。
 移植する骨髄を受け入れるために、患者側の免疫抑制を完全に行い、自身の骨髄と免疫を涸渇させる必要がある。放射線照射や薬剤投与などでこれらが行われるが、この前処置はかなりつらいと聞く。また、この前処置を開始した後にドナー側の事故、病気等で移植が不可能な状態になると患者さんの命にかかわる事態となるため、最終同意後にはドナー自身も健康状態に気をつかわなければならない。
 最終同意から約1ヶ月後あたりを目安に採取日が決定される。これもドナーと病院側の都合(病院によって手術が行われる曜日などが決まっているため)を合わせて決める。この際、ドナーの都合は最優先してもらえる。仕事や家庭の事情などを考慮して希望を述べると、それをもとにして手術日が決められる。
 あとはその1ヶ月ほどのあいだにドナーの健康診断、輸血のための自己血採血などが行われるわけだ。

 さて、入院。本を山ほど持っていく。ゲームボーイを持っていこうかと一瞬考えたが当時はちょうどやりたいゲームがなかったので持っていかなかった。でも行ってみたら無料のテレビが部屋にあるじゃない、これならプレイステーションを持ってくるんだったぜ、、と真剣にくやんだ。
 ただ、暇はひまであるが、初日はけっこう人の出入りが多い。最初にレントゲン、検尿、採血をすますと本人は部屋でずっと休んでいてよいのだが、内科医や麻酔医が挨拶と説明に来てくれるため、話を聞かなくてはならない。私の場合、なぜかそれらのお医者さんが何人も何回も(実際に執刀するセンセ、その助手、その関係者ナドナド)来て、同じ質問に何回も答えさせられたりした。けっこううっとおしい(^^;)。

骨髄移植のコト(4)

 今日は採取日。手術開始は12:30の予定である。今朝からごはんが食べられない(T_T)。午前中に点滴、精神安定剤の注射などがあり、12:00に手術室へ移動。初めて入る手術室にわくわくしているうちに麻酔をかけられあえなく撃沈、意識不明となる。かえすがえすも惜しい…。
 最初に目が覚めたのは夕方だっただろうか。痛みや不快感を感じた記憶はないが、とにかく目が開かなくて困った。コーディネーターさんがお見舞いに来てくれているのはわかるのだが、寝過ぎたときに目ヤニで目が開かなくなったような感じでまぶたが開かない。「だいじょうぶですぅ…」とかなんとか、とにかく言うだけ言ってまた寝る。そのまま翌朝までとろとろしていたようだ。
 翌日はもうすっかり普通のひとであった。朝のうちに点滴も外され、食事も普通に摂る。針のあとは自分では見えないがじっとしている分には痛みもない。傷跡を擦るのはやはり怖いので、寝返りをうつときにはちょっと注意してゆっくりと動く。事後の血液検査の結果も異常なし、全身麻酔の影響も出ず、翌朝早くには退院できることになった。

 実際に活動し出してからここまで約3ヶ月半。自分に関したことでいちばん強く感じたのはコーディネーターさんへの感謝の気持ちである。私を担当してくださったコーディネーターさんはおだやかで優しく、たいへん気のつく方だった。コーディネーターになってまだ1年半くらいとのことだが、病院での付き添いから事務的な処理まで、物腰は控えめながら、細やかで行き届いたお世話をしてくださった。まったくの素人でコーディネーターの面接を受けたとおっしゃっていたが、採用した事務局側も目が高いと感じたものだ。
 この3ヶ月半、何回もの病院通い、検査など苦にならずに私が行えたのはコーディネーターさんのおかげも大きい。「コーディネーターさんはそれが仕事だから当たり前」と言えば確かにそうだが、相手の負担にならないように、出過ぎないように、なおかつ気持ちのいい思いをさせるということはなかなか難しいことではないか。

 私のおしりには右左3つずつ、針の穴が開いた。家へ帰ってからも特別な処理も必要なく、貼られた傷テープを一日一回取り替えるだけである。入浴はテープを貼っている間は湯船に浸からずシャワーにする。退院して4日目にはそれもすっかり外すことができ、完全に通常生活に戻る。
 そして2ヶ月後…。

骨髄移植のコト(5)

 退院してからはしばらくおきにコーディネーターさんから事後の様子を尋ねる電話があったり、郵便でアンケート依頼が届いたりする。ちょうど2ヶ月後の2月初め、事務局から電話があった。そうか、2ヶ月後の様子伺いか、と思っていると「患者さんからお手紙が届きましたので回送しますね(^^)」「えっっ、もうですか!?」…驚いたのなんのって。
 ドナーと患者さんは原則としていっさい接触を持つことができないが、移植終了後1回だけ(※)、無記名での手紙のやりとりをすることができる。それも患者さんが自分で手紙を書けるほど回復された場合のことだ。それ以外は、患者さんのその後の容態などをコーディネーターさんに尋ねても教えてもらえないらしい。
 採取前、私は「移植しさえすれば患者さんは助かる」と思いこんでいたのだが、成功率がそれほど良くはないということを事前の説明で聞いて驚いた。では、ドナーが見つかったからといってすべてが解決するというわけではないのだな、とちょっと暗い気持ちになったものだ。
 だから、移植が行われた時点で、患者さんのその後のことは気にしないようにしよう、と心を決めていた。お手紙はまだ来ないかな、と待って待って、結局来なかった…というのではあまりにさびしい。

 書留郵便で手紙はやってきた。
 まだ若いお嬢さんとそのおとうさんからであった。「順調すぎるくらい順調と言われています」とのご本人の手紙をみてやっと、ああ、本当に助かったんだ…と実感がわいた。彼女の場合幸いにも、発病からドナーが見つかるまであまり時間がかかっていなかったらしい。
 おとうさんの手紙は……、これは子を持った親にしかわからない感動の手紙だった。私を「もうひとりの娘」と呼んでくださったおとうさん。私はあなたがたのおかげでこの世に生を受けた意義をひとつ得ることができました。ありがとうございます。

 骨髄を入れ替えるということは血液型が変わるということなのだ。彼女は私の血液型と同じになったのだよ、読者諸君。私は末っ子で下にきょうだいがいない。この年になって血のつながった妹ができるなんて  (^^)。

 さて。血液による私の世界征服の第一歩はこうやって成功した(^^)ニヤリ。

※2001年11月より「提供後1年以内に2往復」となった。

骨髄移植のコト(終章)

 ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございます(終章を最初に読んでる人もいる?)。
 私の場合、移植に際して辛かったことや困ったことが一切なかったので、ちっとも大したことをしたという気がしないのですが(ほとんど休養しに入院したような感じだった
(^^;))、「ドナーを待ちながら亡くなった」とかいう話を聞くと、とにかく人をひとり救うことができたのか〜、そりゃやっぱりすごいかも、と自画自賛しています。
 入院が必要だし、それ以前にまず体が健康でないといけないわけで、誰にでもできるということではないとは思いますが、「なんとかなるかな?」という環境の方は、ぜひ骨髄バンクに登録してあげてください。

 なんと今は「オンライン登録」ができる!!

 ということを、私もつい最近知りました。興味をお持ちになった方がいらっしゃいましたら、こちらまで。

  財団法人骨髄移植推進財団   http://www.jmdp.or.jp/

  ※参考文献 骨髄移植ガイドブック 加藤俊一著 日本医学館発行



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