アクセス解析CGI

骨髄バンク ドナーの輪

ドナー体験記
平尾さん
モモさん
カイエンさん
きみ平さん
なかさん
堀田さん
あきねこさん
AtelierClipさん
浜ちゃん
Maryさん
ケンケンさん
松井さん
Nishikataさん
小田部さん
内場さん
ばんてんさん
Y.Hさん
松本さん
河野さん
臼井さん
コーヂさん
長岡さん
noriさん
なきうさぎさん
飯田さん
どんさん
NAVIちゃん
たれぱんださん
はたのさん
へいぼーさん
和歌子さん
ゆかぴさん
HOBOさん
とびにゃさん
けんちさん
橋本さん
nanajiroさん
Okaasannさん
熊五郎さん
ayuさん
Papa like Chineseさん
イリスさん
natsuさん
Mariaさん
mimiさん
ないのうさん
まーがりんさん
totemさん
優さん
のりぞうさん
しょーちゃんさん
natsuchicoさん
骨髄移植について
骨髄とは
骨髄移植とは
骨髄提供の手順
ドナー登録の条件
体験者のアンケート
結果
骨髄バンクとは?
ドナー登録の輪
登録者の声
リンク集
支援団体
体験者のサイト
患者のサイト
相互リンク
当サイトのご案内
運営者紹介
投稿方法について
個人情報保護のお約束


お問い合わせ

骨髄バンク ドナーの輪

ドナー体験記
トップMaryさん
私が最初に骨髄バンクに登録したのは2年半程前のことだった。

その後、2次検査にいく時間がなかなか作れず(現在は登録時に1次と2次、両方の検査を行うらしい) 2次検査に赴いたのが昨年初夏の頃。そして、昨年秋頃に3次検査の依頼がきた。
3次検査ではDNA判定を行い、この時点でドナーは約120,000人から3人までに絞られている。
同時にこの時点で、詳しい説明を医師とコーディネーターの双方から受けた。
分からないことはすべてこの時点で質問し、解決するようにと時間を掛けてしっかりと説明してくれた。
3次検査でのDNAタイピングの結果、私に白羽の矢が立ったのが昨年秋の終わり頃。
健康診断、家族同伴の最終同意等を経て今回の骨髄提供にいたったわけだ。

入院予定日の1ヶ月ほど前に再度健康診断を受けた。
胸部、腹部のレントゲンや心電図、肺活量まで測った。
(肺活量検査では、現役時代から全く衰えていないその数値に医師が少し驚いていた:苦笑)

最終的な健康診断の結果、何の問題もないと言うことで入院・手術の日程をその場で決めた。
入院までは激しい運動を禁止され、妊娠をしないようにと注意され、風邪をひくなと言われ、 飲酒も自主的に控えかなり健康に気を使った。私が健康を害して採取術の日程が延びたりしては、 多くの人が迷惑すると思い特に風邪をひかないように色々努力をした。

入院に当たり、アルバイト先の方に休暇の許可を得、3泊4日の予定で入院することとなった。
(採取病院によっては採取2日前入院=4泊5日というところもある)

入院当日、まず採血があった。看護婦さんが「こんなに採ったのは初めてです」と言う位(30CC強)採った。
色々なところにデータを送らなくてはいけないために量が多くなるとのことだった。
でも、上手だったので全然痛くなかった。
その後はひたすら暇・ヒマ・ひま! 3号棟の4階に入院していた私はあまりの暇さにその日、1号館の1階にある喫煙所とB1のある売店にすべて階段を使って計6回ほど通った。
病院では21:00消灯。当然普段そんな時間に寝たことのない私は眠れる訳もなく、眠剤を処方してもらってようやく1日目の眠りにつくことが出来た。

2日目。朝6:00に起こされた。体調は悪くない。採取術は全身麻酔下で行われる為、前日21:00以降 一切の飲食を禁止されており、朝食は取れなかった。9:00頃、担当医が来て点滴の針を刺していった。
点滴は後々麻酔液を注入したり、手術中の水分補給、術後の水分補給・抗生物質の投与等に使われる。
9:30頃には看護婦さんが手術着を持って来て「着替えてください」と言われた。
着替えた後、右肩に前麻酔の注射。(これが痛かった!)

意識が少しぼんやりしてくる。その後自らストレッチャーに乗って手術室へ。
最後の記憶は周りに採取担当医と麻酔科医がいる緑色の手術室に自分がいて、
「じゃぁ、清水さん、ベッド移りま〜す」と言われたところだった。
次の記憶は「清水さ〜ん、分かりますかぁ?」・・・つまり終わった後だ。
麻酔科医の先生に事前に話しは聞いていたものの、本当に時間が切り取られた様に何も分からないまま手術は終了していた。手術中の記憶は一切ない。

「分かりますか?大丈夫ですか?」と聞かれ、朦朧とした意識の中、何とか首の動きで意志を伝えて、病室へ戻った。術後1時間くらいは意識が朦朧とし、”私が”極度に酔っ払った時と同じような状態
→即ち記憶が断片的にしかなく、物事をはっきりとは捉えられていないような状態だった。
(その時はしっかりしているつもりなのだが・・・:苦笑)

術後1時間もするとはっきりと覚醒し出し、口元にはめられている酸素マスクが鬱陶しくて仕方なくなりだした。外しても良いかと聞くと術後2時間は外せないとのこと。
仕方なくはめたままただ時間が過ぎるのを待っていた。

医師の話では、手術が終わる時に坐薬で鎮痛剤を入れると言うことだったし、点滴にも鎮痛剤が入っていたせいか特別顔が歪むほどの痛みは感じなかった。
酸素マスクが外れた後、看護婦さんに頼んで尿道に入っていた導尿のための管を抜いてもらった。
患部(骨盤の辺り)の痛みは思ったほどではなく(とは言え、全く痛くなかったと言う訳ではない)
麻酔が覚めてしばらくすると、立つことも歩くことも出来た。

その後の経過にも問題はなかった。運悪く”タイミング悪いよ”って言う日にぶつかってしまったので 少し貧血気味だったが(苦笑)患部が化膿することもなく、吐き気を催したり食欲不振になったり することもなかった。困ったことと言えば、採取日は手術中導尿のために管が入っていた為、管を抜いた後、排尿時に痛みがあったことと、点滴を断続的に行っていたので手首に点滴の針を 刺しっぱなしだったということ。(これは私個人の問題なのだが。私は手を枕の下に敷いて寝る癖がある。
点滴をしていたのが手首だったので枕の下に敷くことが出来ず、寝る時に少し不自由だった:笑)
患部の痛みは時間と共に和らいではいたが、まだ屈んだり、仰向けに寝たりすると痛んだ。
が、その痛みも悲鳴をあげるほどではないし、耐え難いものではない。「あいたた・・・」くらいの痛みだった。

次の日になると患部の痛みも徐々に和らぎ、また暇を潰すだけとなった。
歩く速度もほぼ普通。屈むのも大して痛くなくなってきた。
この日、初めて知ったことがある。私が入っていた病棟が血液内科の病棟だったと言うことだ。
同室の女性と洗面所で話す機会があってそこで初めてそれを知った。彼女も白血病患者だった。
移植に関して私にはドナー側としての知識しかなく、彼女には患者側としての知識しかなかったので 色々情報を交換した。
そこで分かったことは、白血病を患っているすべての人が移植を望んではいないと言うことだ。
分かっているつもりではいたが、移植には大きなリスクを伴う。移植の前治療の段階で感染症にかかることはまさに死を意味する。加えて、前治療では大量の放射線照射を行う。
そのこと自体は知識として頭の中にあったのだが、次の彼女の言葉はショックだった。
「放射線照射があるから、子供も産めなくなるし・・」
女性にとって子供が産めなくなると言うことはどれほど辛いことなのだろう?
逆に考えると、私が骨髄を提供した相手の方は(30代の女性とのことだった)そういうリスクを侵してまで移植を望んでいたんだなってこと。
その夜は色々なことを考えてなかなか寝付けなかった。

採取術後2日して再度血液検査をした。この日の朝で点滴も終わり。やっと針を抜いてもらうことが出来た。
血液検査の結果、貧血も酷くはなく肝機能障害や感染症なども見られなかったので晴れて退院となった。
重い物を持つのは少し辛かったので病院から駅まではタクシーを使い、最寄駅まで電車で帰り (車より早いので)最寄駅まで車で荷物を取りに来てもらった。
自宅に帰ってからは極普通の休日。洗濯をしたり布団を干したりと掃除をしたり
自分のやりたいことをしていた。
バイト先には退院後1日余計に休みをもらっていたが、退院翌日でも十分出勤出来るほど、何の問題もなかった。

以上のような経過で私は自分の骨髄液を提供した。晴れて120,000分の2,000の仲間入りをした訳だ。
(99年3月現在でバンク登録者数は約120,000人。ドナーになった人が約2000人)

私が骨髄提供をすると言うと、1/3位の人が「あれ、痛いんだってね」と言った。
今思えば疑問なのだが、その「痛いんだってね」情報はどこから来ていたのだろう?
私には激痛、と言う感じは少しもしなかった。
同じように2/3くらいの人が「すごいね」「えらいね」と言う言葉を口にした。
それを聞く度、私はいつも少しだけ罪悪感を感じていた。

バンクに登録したのも、移植を決意したのも、決して「人の役に立とう」と言う気持ちだけで行ってきた訳ではない。私はそこまで善意の人間ではない。
私は私にしか出来ないことをしたかったのだ。「私」を必要として欲しいと思った。
それが今回の骨髄移植と言う形になっただけなのだ。エライ事でもスゴイ事でもない。
ただの自己満足だと思う。私はエラクもスゴクもない。
だが、患者さんの完治を願っていたことは確かな事実だ。
今回の入院・移植で周りの血液病を患っている患者さんの姿を見て、直接話を聞くことが出来た。
色々考えさせられた。そう言った意味でも今回の入院は貴重な体験になったと思う。
多大なリスクを承知で移植と言う完治する確証のない治療法を選択した患者さん。
彼女が移植後、治療が成功して元気になったのかどうかは残念ながら私には分からない。
ただ、願わくば、完治して欲しいと思う。
感染症等に怯えずに普通の生活が送れるようになって欲しいと思う。

私は今回移植をしたことを本当によかったと思っている。
自分が望んだ自己満足はもちろん、それ以上に達成感があった。
本当に人のためになれたのかどうかはよく分からない。
でも、私自身はただ、「良かった」と言う気持ちで満たされている気がする。



※原作者のホームページは、こちらになります。

掲載されている文章・写真・図表などは、原作者の許諾を得て転載しております。
無断での転載を禁じます。


Copyright 2003 donor-no-wa.com All rights reserved.
このサイトに掲載されている記事・写真・図表などの無断転載を禁じます。