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ドナーになれた! -記者の骨髄提供体験記-

【適合通知】

“重い”封筒うれしさこみ上げ

コーディネーターのOさんと記者(左)の打ち合わせは手術まで4回に及んだ=静岡県内で
 週末の昼下がり。出がけに、玄関の郵便受けをのぞくと、骨髄移植推進財団(骨髄バンク、本部東京)からの封筒が来ていた。
 いつもの機関誌の封筒に比べ、サイズも大きく、色も違う。「え、適合したの?」と、ひらめいた。あて名の横に押された「重要」の赤い判に、予感は確信に変わった。

 骨髄バンクにドナー(骨髄提供者)の登録をして七年。「縁がないのかも」とあきらめかけていただけに、うれしさがこみ上げてきた。
 梅雨の中休みの晴れ間が広がった六月三十日。私は「ドナー候補者」になった。


  ■投薬をやめる

 封筒の中身は、私のHLA(ヒト白血球抗原)と適合する患者さんが見つかったという「適合通知」と、型の適合を最終確認する三次検査の案内、骨髄提供の意思確認の書類、そして提供者向けの説明書など。
 全身麻酔をかけ、骨髄を採取してもらう手術は、絶対安全とはいえないので、家族の同意を得るのは大切な条件だ。
 その夜、母に報告すると「あら、そう」と拍子抜けするほどあっさり。いつも私がドナーになりたいと言っていたので、母にとっては耳慣れた話だったのかもしれない。
 ドナーの条件に「投薬中の人はだめ」という項目もある。私は軽い眼底出血があり、薬をのんでいたので、早速眼科に行って説明した。かかりつけの女医さんは「そうなの、じゃあしばらくやめようね」と気軽に了解してくれた。

■気になる容体

 骨髄提供の意思があることをバンクに返事。しばらくすると、私の担当に決まったコーディネーターのOさんから電話があった。静岡県西部を担当しているそうで、三十一歳の私と同世代だが、落ち着いた感じの方だ。
 八月下旬、浜松市内の総合病院で、Oさんも同席して三次検査。医師から採取の方法など危険性を含めた詳しい説明を受けた。三次検査では遺伝子レベルに踏み込んで、適合度を調べる。最高五人の候補者からドナーを選ぶ仕組みだ。
 日ごろから運がないと自覚している私は“きっと落選だろう”と思っていたら、わずか二週間後にOさんから「決まりました」と電話。うれしさより驚きの方が先に立った。そして、こんなに早く結果が出たのは、患者さんの容体がよほど緊迫しているせいでは、と心配になった。

■書けぬサイン

 最終同意の席は九月十四日、三次検査と同じ病院の会議室。四人掛けの事務机のこちらに母と私。向かい側に医師とOさんが座った。第三者として弁護士が同席した。
 医師は、全身麻酔によってごくまれに後遺症が出ること、バンクのケースではないが国内で過去に死亡事故が一件だけあったことなどを、包み隠さず明かした。
 途端に、了解していたはずの母が迷い始めた。「娘の骨髄液が足りなくなりませんか」「そんなに採って、免疫がなくなりませんか」とか、何度も尋ねる。同意書を前に、愛用のボールペンを持ったまま、母の手はなかなか動かない。
 私はすでにサインを終えている。つい「早く書いて」とせっついた。
 弁護士さんが「まあまあ、あくまでお母さんの自由意思ですから」と取りなす。
 事前にもっときちんと話して、心から納得してもらうべきだった、と少し後悔した。
 でも、Oさんの「あらためて席を設けましょうか」との言葉に、母の心は決まったようだ。ゆっくりとボールペンが動き出した。

【採 取】

移植相手は10代女性

うつぶせ状態で骨髄提供の手術を受ける記者。全身麻酔のため、この2時間の記憶は全くない=11月、静岡県内の病院で
 入院した五階の部屋の窓から、遠い山々が見渡せた。十一月の午後。秋のやわらかい日差しを浴びて、赤やオレンジの紅葉がとても美しい。
 入院するのは、虫垂炎の手術以来八年ぶりだ。でも、今回は健康でぴんぴんしていて、日常の仕事からも解放される四日間。こんな経験はめったにできないと思うと、ウフフと笑いが出た。

■小児科に入院

 入院前の十月下旬に、綿密な健康診断を受け「異常なし」のお墨付きを得た。また、手術中に体内に戻すための血液二〇〇ccを採取してもらった。もし、貧血などの問題があったら、ここに来られなかった。そう思うと、自分の健康な体に感謝したくなる。私の骨髄を待っているのは、中国・四国地方に住む十代の女性、とだけ聞かされた。
 骨髄の採取・移植は全国百二十四の骨髄バンク認定病院で行われている。私が採取手術を受ける病院では、ことし九月末現在で二十七件の採取が行われた。主治医はこれまで五十件ほどもこなしてきたベテランの女医さんだ。
 この病院では、専門医がいる小児科と内科が骨髄採取を受け持つ。主治医が小児科だったので、私があてがわれたのは小児科病棟の個室。周囲の患者さんに気兼ねしなくて済むよう、ドナーには基本的に個室が用意されている。小さな子どもたちが闘病生活しているわきを、健康な私が歩き回るのは、気がひける。

■前夜はゆったり

 採取に当たってドナーには一切の金銭的負担はない。ボランティアであるため、休業補償はないが、三次検査や健康診断のための交通費や入院中の費用まで、すべて患者さんの側と骨髄バンクが負担する。一回の採取・移植に約七十万円かかるため、バンクの財政難は年々深刻になっている。
 問診や血液検査、翌日の採取について麻酔医からの説明を受けた後は、広い個室でゆったりと過ごした。新聞を広げ、シュークリームとコーヒーで“お茶”。夕食は、午後六時。おかずは酢豚だけで、少し物足りなかった。午後九時の消灯以降は、飲食禁止。麻酔中に吐いて窒息するのを防ぐためだ。
 ベッドに横になったものの、なかなか寝付けない。不安はないのだが、いつもの生活時間に比べ、消灯が早過ぎた。ベッドライトで読書にふけっていたら、当直の看護婦さんが「眠れないの?」と声をかけてくれた。
 いつの間にか熟睡し、目が覚めると午前七時半。あと二時間ほどで採取が始まると思うと、少しドキドキしてきた。当然ながら朝食は抜き。午前八時すぎから、病室で採取準備が始まった。

  ■手術室へ

 病院によっては、浣腸(かんちょう)するところもあるが、ここはなし。ホッとした。水色の病衣に着替えると、右のそでをまくり、筋肉注射が右肩にぶすり。麻酔を効きやすくするための注射だという。「みんな痛がるのよ」と看護婦さんに脅かされていたが、なんてことはなかった。
 病室からストレッチャーに乗って三階の手術室へ。検査機器や医療器具が所狭しと置かれた部屋だった。医師や看護婦が十人ほどいる。よく観察しておかなくちゃ、と周囲を見回していたら、医師に「こんなにキョロキョロする患者さんは初めて」と笑われた。
 「深呼吸して。頭がぼーっとしてきますよ」と、麻酔医。麻酔薬が右手首からの静脈点滴で体内に入ったらしい。数秒で頭の上のライトがぐらぐらと揺れ始めた。目が回る。焦点が合わなくなり、意識を失った。

【手術を終えて】

採取後の痛み強かったけど…

採取翌日。腰の痛みは残ったが、気持ちは晴れ晴れ=静岡県内の病院で
■120回骨に針

 「河野さん、終わりましたよ」
 医師の呼び掛けに、目が覚めた。すでに手術室を出て、隣の回復室に移されていた。午前十一時半。麻酔注射から、きっちり二時間半だ。
 採取は五人の医師によって行われた。うつぶせになった私の左右の腸骨に、鉛筆の芯(しん)ほどの注射針を刺し、五ccずつ吸引して、計六三〇ccの骨髄を採取する。針を骨に刺すのは力が必要なため、医師が交代しながら計百二十回ほど、針を刺した。
 採取した骨髄は、受け取りに来た患者側の医師に正午ごろ引き渡されたという。赤く小ぶりなプラスチック製のかばんに入れられ、新幹線で患者さんの元へ運ばれている最中と聞いた。
 病室に戻ると、間もなく母が来たが、私はウトウトしていて、ほとんど会話もしなかった。夕方になって眠気がとれ、寝返りを打とうとしたら思わず「あいたた!」。横向きで安静にしている分にはいいが、腰を動かすとズキズキ。呼吸確保のための気管チューブを入れていたせいで声がかすれ、のども痛い。
 夜になっても、左右五カ所ほどの採取あとからの出血が止まらず、座布団大のガーゼが腰に巻かれた。起き上がると吐き気がする。でも、横になりながらも夕食をほとんど平らげ、看護婦さんを驚かせた。

■骨髄無事届く

 主治医が来て「骨髄が無事に向こうに届いて、移植が始まりましたよ」と教えてくれた。ドナーにとって、何よりうれしい情報だ。移植手術は、三、四時間かけて、骨髄を点滴で体内に入れていく。患者さんの家族が「ドナーさんは大丈夫ですか」と気遣ってくれたという。付き添いの母が涙ぐんだ。
 夜の検査では、血圧は一時、八〇−四〇まで下がったが、翌日夕方には正常値に回復、吐き気も治まった。だが、腰の痛みとはれが残り、ベッドから下りたり、かがんだりすると、ズキン。
 採取後の痛みは、人によって異なる。昨年、静岡県内で骨髄提供をした三十代の女性は、採取部位の痛みが強く、出血もあって職場復帰に一週間かかったという。また、私の同僚記者(37)も一月に骨髄提供したが「鈍痛が三週間ほど続いたけれど、痛み自体は大したことなかった」と話していた。
 私の場合、思っていた以上に痛みは強かったが、我慢できる範囲内。また、採取直後に抗生物質や鎮痛剤、鉄剤を投与されるドナーは多いが、私はいずれも必要なく、貧血もなかった。
 採取の二日後、予定通り退院。その翌日から出社した。最初は、歩く姿もぎこちなかったが、日に日に痛みは和らいでいった。

■しみじみ感慨

 先週になって、コーディネーターのOさんを通じて、患者さんの家族からの礼状をいただいた。骨髄移植推進財団の規則で、住所もお名前もない手紙だ。移植を受けた患者さんは今、無菌室で、私の骨髄液が生着するのを待っているという。「私の骨髄が本当に移植されたんだな」と、しみじみ感慨がわいた。
 骨髄バンクは、採取三カ月後にドナーにアンケートをしている。累計二千三百五十二人(今年六月まで)の回答者のうち「骨髄を提供したことについてどのように思いますか」との設問には、「満足している」が千九百四十一人(82・5%)。「もう一度提供を依頼されたらどうしますか?」に対しては「提供する」が千七百五十五人(74・6%)。この数字に表れたドナーたちの達成感が今、よく分かる。
 再び、私のHLAが適合する患者が現れたら−。私は次も迷わず提供する。
【骨髄移植とは】

伸び悩むバンク登録者

大学祭などを利用して骨髄ドナーへの協力を呼びかける休日集団登録会=静岡県磐田市の静岡産業大で
 血液の難病を発症する人は年間約六千人。うち約二千三百人は骨髄移植が必要になる。
 かつては血縁者間で白血球の型が一致しない限り、骨髄移植が実現する可能性は乏しかったが、白血病の子を持つ親や医師、研究者らの民間の運動が国を動かし、一九九一年十二月に骨髄移植推進財団(骨髄バンク)が設立された。
 現在では、常に千六百人前後の患者が同バンクに登録し、ドナーを待っている。ドナー登録者は、十月末で十四万四千三百八十二人。骨髄移植数は累計で三千六百八十九件に上っている。しかし、試算上すべての患者にドナーが見つかるのに必要な登録者は三十万人とされており、ゴールは遠い。

 骨髄バンクは、世界の約五十の国・地域にあり、最も多い米国ではドナー登録者は四百四十七万人に達する。
 日本で登録者率が伸びない最大の原因は「体の一部を提供する」というボランティア行為が、まだまだ定着していないこと。脳死による臓器移植がこれだけマスメディアで注目されながら、まだ十七例にとどまっていることからも、それがうかがえる。

 骨髄移植に限った課題としては、まず「登録のしやすさ」の問題。身近になった献血とは違い「どこで登録できるのか分からない」という人がまだまだ多い。
 米国と台湾では、登録センターの職員が各地に出向いて開く集団登録会「ドライビング・キャンペーン」が大きな成果を挙げており、米国では一日に数百−数千人の登録があることも。日本でも、献血会場で同時に登録できる献血並行型や、休日の集団登録会が試みられている。

 次に「休暇制度の不備」。骨髄の提供には、四、五日の入院が必要となるが、民間企業ではドナー休暇制度はあまり普及していない。ドナーになることができる「二十−五十歳の健康な男女」の多くは勤労者。企業の協力がないと、登録を決意しにくい。
 せっかく適合しても、家族の反対などで提供が実現しないケースもある。背後にあるのは「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)」への不慣れさの問題だ。ドナーになるのは、あくまで個人の自由意思。財団側は、採取手術の手順や万一の事故の可能性などについて正確な情報を提供したうえで、本人の決定を待つ。しかし、そうした情報提供で家族が不安になることも多い。

 そして、骨髄バンクのPR、社会啓発を進めていくうえでも、同財団の運営の安定は重要な課題。現在は、患者の負担金や国の補助金だけではコーディネート作業を賄えず、移植が増えれば増えるほど財団の持ち出しが増えているのが現状。財政立て直しのために、ドナー候補者の三次検査など、骨髄移植にかかる費用すべてに医療保険の適用を求める声も高まっている。

 骨髄移植 白血病や再生不良性貧血、悪性リンパ腫(しゅ)などの血液難病の患者に、ドナーの腰や胸の骨の内部から採った骨髄液(造血幹細胞)を移植する治療法。
 ドナーの造血幹細胞は、患者の骨髄内で赤血球・白血球などの血球細胞を生み出すようになる。しかし、赤血球にABO方式の血液型があるように、白血球にも“血液型”HLA(ヒト白血球抗原)があり、異なる型の間では移植ができない。きょうだい同士でもHLAが合致する確率は四分の一。非血縁者間では数百分の一から数万分の一まで下がってしまうため、HLAの型を登録して適合させる骨髄バンクが必要になる。

 ドナー登録は各赤十字血液センターの骨髄データセンターなどでできる。説明ビデオの視聴と問診、一〇ccの血液採取だけで二次検査まで終了する。問い合わせは、骨髄移植推進財団=フリーダイヤル(0120)445445=へ。

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