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<はじまり>

ドナー登録をして10年以上たった昨年思いもかけずドナー候補になったとの連絡をもらいました。いつものニュースレターの雰囲気と違う封筒をみて「もしかして・・・・」と期待と不安が入り乱れながら封を切りました。家族にドナー経験者がいたおかげでそれからの流れに対しては全く不安はありませんでした。ただ、やはりその時点ではまだ、候補ということだったことと仕事のスケジュールの調整がきくかどうかがありましたので、本当に自分がドナーになるという実感はまだありませんでた。なので、両親にはまだなにも話をせず健康診断などに進みました。
私の希望のスケジュールはかなりタイトであったし、身体もそれほど大きくないので採取できる量にも制限があるだろうと思っていたので数人の候補者のなかから私を選んでもらえる事を正直なところ半分あきらめていましたが幸いなことに選んでいただきました。採取予定は約半年後。コーディネート期間としては長くなるとのことでしたので、実感はまだわかず取り合えず健康管理をしっかりしようと思ったぐらいでした。


<家族の思い>

家族はドナー経験者がいましたので「そんなに大変な事ではない」という感覚でしたが離れて暮らす両親は、ことに母親の心配はかなりのものでした。病気でもなにのに健康な身体に針を刺すことへの抵抗。頭ですばらしいことだとわかっていても心がすんなりとは賛成できない感じでした。「最終同意」は自分自身、家族の者として経験していましたので自分の時にはほとんど疑問点などなくすんなりすぎてしまいました。しかし、両親は最終同意が終わっても・・・移植直前になってもやはり心では受け入れがたい事であったようです。
両親の周りにいる人々からも骨髄移植について理解してくれる人は数少なかったようで、本当にプロジェクトXでやっていたように社会ではまだ広まっていないのだなあとつくずく感じました。元気で帰ってこなければと本当におもいました。


<最終の健康診断で!!>

2ヶ月前に最終の健康診断がありました。そしてここでとんでもない事が発生しました。血液検査で肝炎の抗体が陽性にでてしまったのです。移植できないかもという不安と「肝炎?????わたしが!」という疑念に渦巻きました。あと2ヶ月ということで心待ちに私の骨髄を待ってくれている患者さんとご家族の失望する姿が迫りました。「期待だけさせて私は役立たずなのか、ひどい人間だ」と考えても仕方がないことが心の中をぐるぐる回りました。「肝炎」ということにも多少不安になりました。病気への不安もわいてでました。本も読みました。しかし、幸いなことにドクターの親身なっての説明、長期間のコーディネートをしてくださったコーディネーターの方の励ましなどを経て特別な検査をして肝炎ウイルスはいないとの結果がでたことで採取可能ということになりました。期間が迫っていたこともあり、自己血採血の1,2時間前に結果がでたのでドクター、コーディネーター、そして私共々ほんとに安堵の瞬間でした。
こんな事もあって相手の方への気持ちがずいぶん身近なものになりました。
風邪も怪我もできない!自分の身体を本当に守らなければと強く思いました。


<自己血採血そして入院>

採取2週間前あたりから自己血の採血が始まります。私の場合採取量が多かったので2回自己血をとりました。これは献血をかなり経験している私にとってはなんということはありませんでした。むしろ献血よりも病院で丁寧にとっていただいて手術をするのだなあという感じが高まってきました。全身麻酔で手術をする関係で麻酔科のドクターの丁寧な説明もありました。ちょっと仰々しい感じもしましたが。

いよいよ移植前日。またもや仕事の関係で病院に無理を言って遅い時間に入院させていただきました。同じ病室にどのような方がいるのだろう、話ができるのかなあ。と変な心配もしていました。入院してみると病室には私の母親のような世代のみなさんが私を「ドナー」と知って応援してくれていました。健康な私が病気のみなさんに応援してもらうという妙な関係になっていきました。暖かい病室でした。


<採取前、採取、そして麻酔から目覚めると>

採取は午後からでした。前日の夜10時以降飲食禁止、当然当日の朝、昼は絶食です。朝から点滴を2本行って水分補給を行いました。なんといっても点滴も生まれて初めてでしたのでおそるおそる動いていました。2本目の途中で手術着に着替えて手術室に歩いて向かいました。名前の確認をして手術台に上り点滴から投薬され「ちょっとだるくなりますよ〜」といわれて酸素マスクをつけたらもうわからなくなっていました。麻酔をかけるときに数字を数えるなどということは私には無用だったようであっという間に眠りについてしまいました。カテーテルも手術中入れているそうですがそれもわかりませんでした。

名前を呼ばれて気がつきました。がらがらと病室に戻っている途中だったような気がします。病室ではコーディネーターの方や同室のみなさんが心配そうに待ちかまえていました。どうやら私は手を振って「帰ってきました!」と言ったようです。うっすら覚えていますが後で聞いて・・・恥ずかしい!!という感じでした。
意識はかなりはっきり戻りましたが2時間後にパジャマに着替えナースに付き添われてトイレに行きましたがそれからが大変でした。意識は平気なのですが、吐き気がひどくて動けなかったのです。むしろ動くと吐き気がおそってくる状態でとても飲食ができる状態ではありませんでした。あまりにひどく吐き気止めの点滴やら水分補給の点滴やらで翌日まで実に4〜5本の点滴を行いました。ドクターやナース、お掃除の係りの方までとても心配をかけました。
採取後は多少の痛みはありましたが出血もあまりなく歩行も問題ありませんでした。針の後は5カ所ありました。私の場合採取そのものより麻酔の抜けが悪く、食事や頭がふつうの状態に戻るのに退院後3日ほどかかったような気がします。

採取した骨髄液は待機されていた相手の方の担当医が無事運ばれてその日のうちに患者さんに移植されたそうです。どうか、私の細胞たちが無事元気な血液を作ってくれていますように。


<採取が終わってそして退院、別れ、それから>

3泊4日の入院を終え、応援してくれていた同室の患者さんたちコーディネーターの方と涙でお別れをしました。傷は5日ほどは絆創膏を貼っていましたがきれいなもので表面的には割とすんなりとよくなりました。ただし、針穴の周りの腫れは3週間ほど続き1週間ほどはかばって歩くせいかぎっくり腰のように腰の痛みがありました。ドクターにしかられそうですが1週間後にはプールに行き2週間後には温泉にも行ってしまいました。・・・。個人差があると思いますので、無理は禁物です!

退院後1週ごとにコーディネーターの方からお電話をいただき術後の状況をおはなししました。そして4週間後に術後健康診断で問題なかったので今回の骨髄移植のコーディネートは無事終了しました。

賛成しかねていた両親は無事終わったことでほっとしているようですがいまだに「なぜしなければならなかったのか」ということは話を続けています。私自身の周りの方にもずいぶん話をしましたがやはり「へー」「すごいね」「立派だね」と言われる事が多く「詳しく知りたい」といわれることはほとんどありません。

私は今回のことは一人の相手の方に一方的に私が何かをしてあげたと思っていません。本当に今回の機会が与えられたことでどれだけ多くの人々が私自身の周りにもいて自分もいろいろな意味で助けられ生かされているのかを痛感しました。自分自身を考えるいいきっかけなのでした。・・・ドナーになることは自分自身のためでもあると私は思っています。そして私もドナー経験者の家族ももう一度機会があればまたドナーになりたいと思っています。



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