アクセス解析CGI

ドナー体験記

【まえがき】

 少し前になりますが、骨髄の提供を体験してきましたので、数回に渡りその体験レポートを書こうと思います。

 僕が骨髄バンクのドナー登録をしたのは1997年の5月。強いきっかけがあった訳ではないですが、そのころ父が入院していて、その病院で患者さんのために献身的に働く人たちの姿を見て、心を揺さぶられたことを覚えています。“自分にも何かできることはないか”と考え、思いついたのがドナー登録でした。でも骨髄移植と聞いて、「骨を切り取って移植するのか・・・痛そうだな」と思っていたぐらい、な〜んにも知らなかったのですが・・・。やる気満々、登録すればすぐお声がかかるものだと思っていたのですが、待てど暮らせどそういった連絡は来ませんでした。

 登録してから2年ぐらい経った頃でしょうか。『HLA型が一致し、ドナー候補のおひとりに選ばれました』との内容の手紙が来ました。しかしその時は最終的にドナーには選ばれず、残念な思いをしました。それからまた時は流れて、忘れた頃にやってくる骨髄バンクからのA4の封筒。「重要」「親展」と書いてある。「おっ、これはもしかして?」と思い中身を確認。ありました!『ドナー候補のおひとりに選ばれました』の文字が。こんどこそは!という思いと、またダメかな、と言う思いが交錯。しかし今回は最終的なドナーに選ばれ、骨髄提供の機会を頂きました。

 “ドナー候補に選ばれた”との知らせから、手術のための入院まで約4ヶ月。血液検査や最終同意、手術前の健康診断と、何も問題なくスムーズにスケジュールは進行し、さあ明日は待ちに待った入院日です。

【入院1日目(手術前日)】

 大きなスポーツバッグに着替えやスリッパ、ノートパソコンなどを詰め込んで、小旅行気分で9:00に家を出る。途中の駅でカミさんと別れる。「がんばってね」と言われても・・・。病院に着いたのは9:40くらい。入院受付に行き、ICU(集中治療室)まで案内してもらう。これから4日間お世話になる病棟。ICUと言っても、静かで穏やかな雰囲気。着いて早々、採血、尿検査。これにて今日の検査は終了。後はすることなし。持ってきた病院用の服に着替える。長袖Tシャツにユニクロで買ったスウェットズボン1000円也。スリッパはスーパーで買った「ベランダサンダル」。履きやすくて大当たり。オヤジ臭さもグー。

  午前中から読書モード突入。まずは昨日買ってきた「半落ち」。骨髄バンクのことがストーリーの肝になってるお話。でも腑に落ちないところも少々。これだけプライバシーに気を遣っているのに、新聞の投稿欄に手術日とか載っちゃうかな〜。お昼のご飯が運ばれてきた。ご飯と菜っ葉とおみそ汁だけ。やっぱり病院食はローカロリーだなーと思ったら、ご飯はすき焼き丼でした。味も上々、おいしかった。夕方には「半落ち」を読み終え、2冊目は「野の花診療所まえ」。鳥取赤十字病院に勤める医師と患者の暖かくも切ないコラム集。うーん読書三昧。

  それにしても体調を万全に整え、入院するというのはなんとも不思議な気分。骨髄ドナーくらいかな? でも健康なのに病院に入院してるとなんだか申し訳ない気持ちになってきます。他の人たちは病気と闘っているのに、僕はだらーっと本を読んでる。先生や看護師さんも僕にすごく気を遣ってくれて、「ありがとうございます」、「申し訳ありません」の連発。たぶん移植を受ける患者さん側の気持ちなんだろうなぁ。僕に対して感謝の気持ちを表されると何だかくすぐったいけど、でもみんなの気持ちが一つになってるようでうれしい。僕もこんな機会を与えてもらって本当にうれしい。皆さんに感謝です。夕食もおいしく平らげ、眺めのいい部屋から夜景を見ていたら、カミさんが来てくれた。今日はいいよって言ったのに。寒そうな格好で入ってきたのを見て「あぁ、冬なんだよな」と思い出す。病院内は快適そのもの。

  いよいよ明日は手術の日。心配は全然なし。不安もなし。今までコーディネーターさんや、調整医師、手術をしてくれる先生から何度も話を聞いているので、あとは先生に任せるだけ。“大船に乗った気持ち”ってやつです。寝る前に一応看護師さんから眠剤をもらう。寝れるかなと思いつつ22:00消灯。しらないうちに寝てました・・・。

【入院2日目(手術日)】

 朝6:30起床。「さあ手術だ」、なんて気負いもなく、淡々と顔を洗ったり歯を磨いたり。お通じもあり、一安心。おなかをスッキリさせておかないと、全身麻酔をかけた時うんちが出ちゃうことがあるらしい・・・・。なにげにストレッチャーが部屋に横付けされてる。 8:20、手術用の服に着替える。服と言うより帆布のポンチョ。体の両脇、脇の下から足先までボタンで留める仕組み。肩もボタンで外せる。看護師さんに「すっぽんぽんになってそれだけ着て下さい」と言われ、なぜか照れる。ちょいセクシー? 8:30ストレッチャーに寝かされ、筋肉注射。緊張を取るためらしいが、筋肉注射を打つ前の緊張感もなかなか。痛いとは聞いていたが、やはり痛かった・・・。ぎゅ〜っとつねられてる感じ。「9:00に手術室に向かいますのでそれまで楽にしていて下さい」と言われ、うとうとと寝てしまう僕。そしてストレッチャーに乗っていよいよ手術室へ。

  ♪上を向ーいてー歩こーおおおぅ、じゃないけど天井を見ながら廊下をスイスイと走っていくこの不思議な感じ。逆さアメンボ? こんな元気な体で手術室に行くことなんて普通ないよな、なんて思いつつ。長い長い廊下を2回ほど曲がって物々しい自動ドアを通り抜けると、テレビで見たことあるような手術室、・・・とは違い、暖色系のほんわりした空間。点滴を打たれ、酸素マスクみたいなものを口に付けられ、麻酔科の先生から「だんだんと眠くなりますよ」と言われるも、全然眠気なし。意識もはっきりしている。「え、大丈夫なの?麻酔利いてないよ?!」・・・。

  目が覚めるとそこは元の病室。手術終わってました。本当に記憶なし。本人にとってはあっという間の出来事。不思議な体験できるかな(幽体離脱とか・・・)、と期待していたんだけど、それも全くなし。あとで看護師さんに聞いたところ戻ってきたのは11:30頃。少しだけ覚えてる。12:30、だいぶ意識が戻ってきた。尿道が痛い。カテーテルのせいだ。おしっこがしたいけど出ない、出せないもどかしい感じ。すごい違和感。やっぱり痛い。「先生これ取って下さい、お願いします」。またうつらうつらするが、尿道の痛みが意識を呼び戻す。ベッドの上で上半身をあげる。今回押した唯一のナースコール。先生が来た。「ベッドを少しずつ起こしますよ。ふらふらしませんか?」大丈夫、さっき自分で起きちゃったから。結局14:30頃尿道カテーテルを抜いてもらう。ベッド脇に座れるかを試す。全然平気。トイレまでなら歩いちゃうよ。先生から「何かスポーツなどしてますか?」と聞かれた。やはり体力がある方が回復が早いらしい。こんなに回復の早い人は4年ぶりです、と言われた。4年前の人ってどんな人だったんだろ・・・。部屋の中にあるトイレでおしっこ。うぎゃ〜しみるぅ〜。ほんの少ししか出なかったけど。

  17:30頃おふくろさんが来る。「やっぱり心配で。大丈夫?」そうだよな、ドナーは色々と話を聞いたり、心構えができてるから不安はないけど、端の人は心配するわな。しゃべると喉が痛い。でも聞いていたほどのものではなかった。18:00、夕食。僕の大好物のハンバーグ。うれしい。でも一口食べたらちょっとダメ。。。気持ち悪い。おふくろと話をしていたら看護師さんが「夕食食べられませんか?じゃあ下げますね」と持って行ってしまった。あぁ、これで今日一日何も食べずじまいか・・・。気持ち悪いくせに、夜中おなかが空いたらどうしよう、おにぎりにしておけばよかった、などと馬鹿なことを考える。
18:30頃、カミさんと友達が見舞いに来てくれた。何だか恥ずかしい。一端の病人になった気分。就寝前には点滴も外され「クダなし人間」に戻る。そうそう忘れてたけど、腰の痛みはそれほどでもなく、辛さを感じない程度。ただ、じっとしていると痛くなってくるので、横になったりする。横になる時は「どっこいしょ」って感じ。痛いというより、筋肉痛や筋違いみたいな、重い感じ。動くと痛い。でも動かないとそれも痛いけど。

【入院3日目(手術の次の日)】

 心配していた空腹感もなく、痛みもそれほどではなく、それなりにグッスリ眠れた。朝7:00頃起きる。朝食は全部食べられた。採血、レントゲン、ガーゼの交換を午前中で終え、晴れて病院内自由の身。午前中はベッドでゴロゴロと本を読んで過ごす。お昼を食べた後、1階の売店へ。寝たり座ったりしてるより、立ってる方が腰を圧迫せず楽なことに気づく。でも歩くのはモタモタ。スリッパを擦って歩く。手すりがありがたい。紙コップ自販機でコーヒーを買うが腰を曲げると痛い。ひざを曲げて腰を落とすような感じで何とかコップを掴む。
暇だー。本も読み終わりすることがない。今回の入院は“脱テレビ”ということでテレビは見ないと決めていた。パソコンを出し、こっそりメールチェック。フリーセルをするもつまらない。で、この原稿を書き始める。看護師さんに見つからないように(見られたら恥ずかしい)、廊下を背にして外を見ながら書く。知らない間に日は沈み夜景に変わっていた。腰の重い感じもかなり楽になった。すり足しなくても歩けるけど、いつもの歩幅ではまだ歩けないといった感じ。おしっこの痛みもほとんどなくなった。
夕食を食べ終わった頃、カミさんが来てくれた。明日の退院の準備ということで、洗い物や読み終わった本などを持って帰ってもらうことに。あー、これで毎日カミさんに来てもらったことになっちゃうよー。でも理解してくれて、協力してくれて本当に感謝。そして入院している間、イレギュラーに朝晩とカミさんの手伝いに来て頂いたヘルパーさんにも感謝。そうやって考えるとこの「骨髄移植」ってチームプレイだなって改めて思う。骨髄バンクがあって、手術する病院があって、コーディネーターさんがいて、先生がいて、看護師さんがいて、家族がいて、友達がいて、ヘルパーさんがいて、そして僕もその中の一員として関わらせてもらう。

  これから手術を受けるドナーさんへ。頼れるチームメイトがバックアップしてくれるから安心して下さい。例えるなら、あなたはロケットのパイロット。大勢のスタッフの細心のバックアップによって、安心して宇宙に旅立っていける。そして貴重な体験をし、無事に帰還してください。

【入院4日目(退院)】

 朝7:00前に起きる。入院中はずっと晴れだった。朝日が気持ちいい。顔を洗って、お茶をもらいにナースステーションまで歩く。もうほとんど普通の歩幅で歩ける。痛みもほとんどなし。椅子に座っても気にならない。朝食を取り、歯を磨き、することもないので、帰り支度をボチボチと。なぜか一抹のさみしさが・・・。「終わってスッキリ、退屈な日々よサヨウナラ」、ではないのか。・・・ないらしい。たぶん一生に一度あるかないかのことだから(骨髄提供のチャンスは2回)、「終わった」というより「終わってしまった」という気分なんだろうか。「テレビの最終回」のさみしさと言えばいいのだろうか。コーディネーターさんが日曜の朝だというのに、訪ねてきてくれた。先生と看護師さんもガーゼ交換と消毒液を持ってきがてら最後の挨拶。「こちらこそありがとう、チームメイト!」(言わなかったけど)。これでみんなそれぞれの仕事に戻っていく。まさに一期一会。握手したい気持ちになった。皆さん、やさしい笑顔、本当にありがとう。12:00過ぎカミさん到着。ポーターとして来てもらった。さすがに重い荷物を抱えて帰る気にはなれない。どうせ電動車いすだし。こんな時こそカミさんを利用。

 「骨髄移植をすれば助かる命」があります。僕らが少しの痛みに耐え、少しの時間を割くことができれば救われる命があります。あなたならどうしますか?その命が家族や友人のものだったらどうしますか?誰だか分からない見ず知らずの命だったらその気持ちは変わりますか?想像力を働かせれば、誰だか知らないその人は、知ってる誰かに変わります。僕の場合、患者さんは女性・30代・中部地方在住ということでした。「結婚してるのかな?子供はいるのかな?何をしている人なのかな?」と、その人の生活を想像しました。僕の骨髄を移植すれば患者さんは元の生活に戻れる。一人の命が救われるだけでなく、患者さんの家族や友達、多くの人が悲しみに出会うこともなくなる。この歳になってようやく僕も少しだけ人の役に立つことができた。この移植のために僕はこの歳まで生かされてきたんだなと感じました。そして患者さんや家族の人が「一致するドナーが見つかった」と知らせを聞いた時の喜びを想像すれば、それだけで少しの痛みなんて全然へっちゃら平気に思えてきます。患者さんの苦しみと比べたら塵のようなものです。

一日も早く患者さんが元気になって、元の生活に戻れますように。
※原作者のホームページは、こちらになります。

掲載されている文章・写真・図表などは、原作者の許諾を得て転載しております。 無断での転載を禁じます。
このサイトは、チーズとチーズケーキの専門店、オーダーチーズ・ドットコムと、フランス・ボルドーより、ビンテージワインの直輸入販売を行なうオールドビンテージ・ドットコム、フラワー電報のボックスフラワー電報により運営されております。