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ドナー体験記

初めての入院 (1)

mimiは、6年くらい前に、骨髄バンクにドナー登録しました。
恥ずかしい話ですが…
骨髄の移植がどのくらい大変かなんていう知識もまったくないままに、
献血程度の軽いノリで、ドナー登録を決意しました。
でもね。採取方法とかを詳しく知ってたら、ビビって登録できなかったと思う…(笑)

登録から、わずか1年後…。
mimiの元に、骨髄バンクから1通の封書が届きました。
骨髄の型の合う患者さんが見つかったため、提供者候補になったとのこと。
候補者の健康状態や、患者さんとの適合の可能性などを総合的に判断した上で、
最終的な提供者が決まるのです。

健康診断・最終的な適合検査などを経て、
mimiは提供者に選ばれ、骨髄の移植手術を受けることになりました。

『弁護士立会いのもと、意思確認を行います』っていう説明を聞いた時点で、
mimiは完全にビビリまくってました(笑)
移植の最終意思確認の書類に書類に捺印する際には、
mimiとmimiの家族、医師の他、弁護士さんが立ち会うのです。

医師から、手術の流れや、後遺症の可能性などについて説明を受けた後、
『移植をやめるなら今です。最終確認の書面に捺印した後は、
mimiさんの都合で移植をやめることはできなくなりますよ。
よく考えてから、捺印して下さいね』って言われたんですが…。

ここで、初めて、mimiは、コトの重大さに気づくのです(笑)

勉強不足だったmimiは、
献血程度の処置で移植が終ると思っていたのです…。

『入院は、3泊4日の予定です』
『移植手術は、全身麻酔で行います』
って聞かされた時は、ホントに泣きたくなるくらい不安でした。

この期に及んで言えるわけないよね。

『手術が怖いからやっぱりやめます!!』なんて…(苦笑)
覚悟を決めて、移植手術を受けよう!と思ったものの…
書類に捺印する時には、今考えると笑っちゃうくらい、手が震えてました(笑)

こうしてmimiは、ビビリまくったままの状態で、
生まれて初めての入院・生まれて初めての手術を迎えることになるのでした。

初めての入院 (2)

骨髄移植の手術の際、輸血が必要になった際には、mimi自身の血液を使います。
そのため、事前に輸血用の血液を採血しておく必要があり、
mimiは、病院に行きました。
健康診断の結果、輸血に必要な血液は、2度に分けて取ることになりました。
一度にたくさん取ってしまうと、貧血になってしまう可能性があるからです。

病院に着くと、受付で、担当の先生が待っていて下さいました。
先生に案内され、採血する部屋に入ると、
先生は、『mimiさんは、2回に分けて自己血採血をするんだねー』と、カルテを確認し、
看護婦さんに指示を与えると、部屋を出て行きました。

mimiの腕に針が刺されて、採血が始まりました。
今までに何度か献血をしたことがあるので、特別、恐怖心はないんだけどね。
採血量は、献血の時と変わらない量なのに、
なんだかいつもより、採血に時間がかかってる気がする…。

mimiが不安になっているところに、先生が戻ってきました。
先生は、mimiに『大丈夫?気分悪くなったりしてない?』と声をかけ、
採血の機械に目をやりました。
次の瞬間・・・。

『おいおいっ!採血の量、間違ってるよ。これじゃ、取りすぎだよっ!!』

そうです。
2回に分けて採血する予定だったのに、1回で全部取っちゃったんです・・・。

mimiは、ベッドから立ち上がった瞬間クラクラと…(苦笑)
まぁ、当然って言えば当然なんだけどね。

mimiは、入院までに何としてでも、貧血を治しておかなくてはなりませんでした。
でも、一度採血しちゃった血液をもう一度体内に戻すわけにもいかず・・・(笑)
鉄剤を処方され、毎日ほうれん草を食べ…。
なんとか、入院前に貧血を克服することができたのでした。

野菜キライなmimiにとって、貧血になったことよりも、
採血の量を間違えられたことよりも・・・。
毎日ほうれん草を食べなくてはいけないことの方が地獄だったのでした…(笑)
(でもね。この時のおかげで、今はほうれん草、食べれるようになったんだよ)

初めての入院・・・入院初日

骨髄移植の手術は、移植を受ける患者さんの体調に合わせて日程が組まれているので、
『ベッドに空きがないので手術の日程を変えます』なんてコトはできません。
耳鼻科だろうが小児科だろうが、産婦人科だろうが…
とにかくベッドに空きがある病棟に入院して手術を受けるのです。

ちなみに、mimiが入院することになったのは、耳鼻科病棟でした。

mimiは、個室の病室を用意していただいて入院することになりました。
コーディネーターの方が、
『どこの科に入院することになるか分からないから、“個室希望”って
言っておいた方がいいですよ。初めての入院ってことで気疲れすると思うし。』
って、コッソリ教えてくれたんです。

とは言ってもねぇ。
mimiの入院にかかる費用は、移植を受ける患者さんの健康保険で支払われるので、
個室なんてワガママ&ゼイタク言っちゃいけないような気がして、
ちょっと心苦しかったんですが…。
お言葉に甘えて個室をお願いしちゃいました。

入院当日、指示されたとおり、朝10時に病院に到着しました。

看護婦さんに案内され、病室に入ると、
予想していたよりもちょっと広い、こぎれいな感じの病室で、
電話・洗面台・冷蔵庫が備え付けてありました。
(トイレがないのがチト残念でしたが…/笑)

簡単に病棟内の説明を受け、病室に戻ると、
看護婦さんは、『それじゃ、また後で来ますね〜』と笑顔で去っていきました。

mimiは、部屋着のような服に着替え、病室内で本を読んですごしました。

10分待ち…20分待ち…1時間経っても、看護婦さんは現れない…。

食事を済ませ、1時になっても2時になっても看護婦さんは現れない…。

『いつまで待ってればいいんだろう?』
『“後で”っていつなんだろう??』
『後で来るって言ってたもんなぁ…。病室にいなくちゃいけないんだろうなぁぁぁ』
なんて思いながら、本を読んだりウォークマンを聴いたりして退屈と闘っていたら…。

4時過ぎになって、ようやく看護婦さんがやってきました。

『明日の手術に備えてお風呂に入って下さいね』

浴室に案内され、入浴を済ませると、再び看護婦さん登場・・。

『明日の手術のために、剃毛させて下さいね』とのこと。
腰骨の辺りの産毛を剃ってもらいました。

剃毛が済んでしまうと、また、mimiの退屈な時間が始まりました…。

ボーーーーっとテレビを見ていると、
夜9時半を過ぎた頃になって、担当医の先生がやってきました。
執刀してくださる先生。麻酔を担当してくださる先生。。。

『朝10時から入院する必要なんてまったくなかったじゃん…』って思いながら、
人生初入院の1日目は終わっていったのでした。

移植当日

入院から、一晩明けて、手術当日…。

朝から、mimiのママも病室にやってきました。
術衣に着替え、手術の準備…。
術衣に着替えると、『あぁ…。いよいよなんだなぁ』って、
実感もわいてくるし、恐怖感も急上昇(笑)

麻酔の注射を打たれ、半分ボーっとした状態でストレッチャーに乗せられ手術室に移動します。

手術室に入ったのは、朝10時ごろだったかなぁ…。
麻酔の担当の先生に、
『mimiちゃんおはよー。昨日病室で会った時と、表情が全然違うじゃん。
顔こわばっちゃってるよ(笑)大丈夫、大丈夫。寝てる間に終わっちゃうんだから(笑)」
って、妙に明るく挨拶されたんだけど、mimiには、返事をする余裕すらなくて…シカト状態(苦笑)

麻酔のマスクが顔に近づいてきました。
『ハイ。mimiちゃん。マスクをつけたら、ゆっくり10まで数えてねー』って言われ、マスク装着。

1…2…zzzzzzzzz
(mimiの記憶では、2位までしか数えられず、眠りの中へ…)


――目が覚めたのは、たぶん、午後3時ごろ…。
mimiは病室に戻ってきていました。
看護婦さん・担当の先生・骨髄バンクのコーディネーター・mimiのママ…。
みんなに覗き込まれながら目が覚めました(笑)

目が覚めてから1時間くらいの間は、寒気と吐き気に襲われ、半泣き状態…(苦笑)
(でも、コレは、麻酔が覚めたばかりの時にはよくあることなので、全然心配ないそうです。)

麻酔が完全に覚めてくると、吐き気や寒気もおさまり、気持も落ち着いてきました。

看護婦さんが、『mimiちゃん、痛みはないですか?』って聞いてくれたんだけどね。
骨髄液を取った手術の傷の痛みはそんなに感じませんでした。
でもね。手術中、導尿のために、管を入れられていたため、
“オシッコが出るトコロ”がとにかく痛い…(泣)

夕方5時頃になると、看護婦さんが再びやってきて、
『mimiちゃん。トイレまで歩いて行ってみましょう』って言うので、
立ち上がってみたんだけどね。
やっぱり、歩く時・立つ時・座る時など、要所要所で、傷口は痛むみたい…。
ヨロヨロしながら、看護婦さんに手を引かれ、点滴をぶら下げたままトイレへ…。

病室からトイレまでの距離、約5メートル…。
病室を出て、トイレに行き、病室に戻るまでの時間、約15分…。
トイレから戻ってくると、思った以上に疲れてるの(笑)


夜になって、担当の先生がやってきました。
担当の先生が、mimiに驚愕の事実を打ち明けたんです(笑)

骨髄移植の手術は、“鉛筆の芯”くらいの太さの針を腰骨に刺して、
骨髄液を採取するんだけどね。
平均的には、1回に数ml〜数十ml採取できるんだって。
必要な量の骨髄液を採取するために、何回か針を刺し直して採取するので、
腰骨には数箇所の穴が開くことになります。
平均では、左右3〜5ヶ所、合計6〜10ヶ所くらいの穴が開くんだって。
でもね。mimiの場合、骨髄液が取りにくかったらしく…。
平均の倍以上の回数、針を刺しなおしたらしいの。
結局…mimiの腰骨には左右あわせて100箇所を優に超える数の穴が開いたそうなんです。

『ごめんねー。遠慮なく、ブスブス刺しちゃったよ』と笑顔で話す担当の先生…(苦笑)
50箇所以上、穴が開いてるって聞いたら、
なんだか急に、『傷口が痛い!!』っていう気分になってきちゃった(笑)

でもね。『mimiちゃんが提供してくれた骨髄は、ちゃんと、患者さんの体に移植されたよ』って
報告してくれて、なんだか、すごく嬉しかった。
どこの誰だか知らない患者さんだけどさ。
元気になってくれたら、mimiも痛みに耐える甲斐があるってモンだからね(笑)

手術翌日

手術翌日は、朝食後と夕食後、担当の先生が、病室にやって来ました。

ベッドにうつぶせに寝て、パジャマのズボンと下着を下ろし、
お尻が半分以上出た状態で、傷口のガーゼを交換し、消毒してもらうのです。

看護婦さんがズボンとパンツを下ろしてくれます。
看護婦さんがいない時は、先生みずからズボンとパンツを下ろしてくれるんだけど、
正直、かなり恥ずかしいです。

しかもね。
この担当医の先生、30代後半って感じのオトコの先生で、
優しいしユーモアあるし、すごくいい先生なんですが…。
天然なのかちょっとマヌケなのか…。

mimiの病室に来る時、手ぶらで来るの。
しかも、朝も夜、2回とも手ぶらでやって来た…。

ズボンと下着を下ろして、傷口を覆っているガーゼをはがし、消毒してもらう体制になってから、
『あっ!!ガーゼと消毒セット忘れた…』って気づくの。

おかげで先生がガーゼを取りに戻っている間、
mimiはベッドでお尻を出した状態でうつぶせにされ、5分以上放置されるんです。
しかも、その間、病室のドアは開けっ放し…(泣)

消毒が済むと、看護婦さんに、傷口にガーゼをあてておくように指示し、
病室を出て行くんですが…。
先生が出て行った後、mimiのベッドのサイドテーブルに、カルテ置きっぱなし…。

mimiのカルテだったから良かったようなものの…。
他人のカルテだったりしたら大問題だよねぇ。

それでも、なんだか憎めない、カワイイ天然の先生なのでした。

退院

手術の3日後・・・退院予定日です。

退院って言っても、術後の傷口の痛みはひいてないからねぇ…。
駅の階段の上り下りなんて、まだまだムリっていう状態なので、
退院時には、mimiのママが仕事を休んでお迎えにきてくれることになっていました。

朝食を済ませ、病室に戻ると、
もうママと、骨髄バンクのコーディネーターの方が到着して、荷物の片づけを始めていました。
看護婦さんとママに手伝ってもらって、パジャマから洋服に着替えをすませ…。
あとは、最後の診察を残すのみ…。

予定より15分ほど遅れて先生がやってきました。
昨日の記事にも書いた、天然の先生です(笑)

傷口のガーゼを剥がし、先生が言いました。

『mimiちゃん、今日はまだ、退院しない方がいいみたい…』

まだ出血がちゃんと止まっていなかったのです…。

傷口って言っても、鉛筆の芯くらいの太さの針を刺した穴が開いているだけです。
傷口が小さいのが理由だと思うんですが…。
骨髄移植の手術の傷口は、縫合はしません。ガーゼでしっかり圧迫して止血するんです。


もうすっかり、『退院できる!!』って思い込んでたmimiにとっては、
かなりショッキングな一言でした。
『退院、延ばそう』っていうたった一言を言われただけなのに、テンションは急下降(笑)

すると、mimiのテンションが下がったコトに気づいた先生が、
条件付で退院を許可してくれました。

・出血が止まったことを確認できるまでは、1日おきに通院すること。
・毎日ガーゼの交換と消毒をすること
・先生の許可が出るまではお風呂・シャワーは禁止
・様子が変だと思ったら、すぐに病院に連絡すること。

と言うことで、mimiは無事に退院できることになりました。

お世話になった先生や看護婦さんに挨拶をし、車に乗り込むと…。

傷口が痛い!!!!

入院していた間はずっと傷口をかばって“うつ伏せ”で過ごしていたから、
あんまり痛みを感じることはなかったんだけどね。
車の助手席に座ると、傷口部分が、どうしてもシートに当たっちゃうの…。

結局、mimiは後部座席に寝そべって家まで帰るコトになったんですが…。
病院から家までは、約50分の道のりなんだけどね。
ママが渋滞を避けて、裏道を通ったもんだから、
ちゃんと舗装されてない道なんかを通ったりして…。
車が揺れるたびに、車の振動が傷口に響いて、痛いの(泣)

家に着く頃には、mimiはヘロヘロ…。
弟とお父さんに両脇を抱えられながら家に入ったのでした(笑)

退院後の初出勤

手術が終わり、無事退院したmimiですが…。

家に帰って、夜ご飯を食べ終わり、パジャマに着替えようとした時にふと気づきました。


毎日、傷口の消毒をするように言われたけど…。
何を使って消毒するんだろう??


そうです。
先生からは、消毒方法の説明も聞いていないし、消毒用の薬なども一切もらってなかったんです…。

とりあえず、家の救急箱をあさり、見つけたのは、マキロン&綿棒。
綿棒って言っても、ちゃんとした医療用の綿棒ではなく、
その辺の薬局などで売っている安モノの綿棒です。

綿棒を使って、傷口にマキロンを塗り、家にあったガーゼを傷口に当てておきました。


退院の翌々日から、mimiはお仕事に行きました。
本当は、もう少し休みたかったんだけど…
当時、会社の中で一番忙しくてハードな部署の責任者をしていたmimiは、
仕事や後輩が気になっちゃって…。

でもね。通勤するのも一苦労…。電車に乗るのがホントにつらいんです。
ラッシュの時間帯だから、電車もかなり混みあっています。
隣に立っている人が持っているカバンが傷口の辺りに当たっただけで、かなりの激痛・・・。
それに電車の振動がかなり傷口に響くんです。
会社に着いても制服に着替えることはできないので、私服での勤務の許可をもらいました。

会社では、mimiの後輩や部下さんたちが、
mimiの席の椅子にクッションをおいたりして、傷口が痛まないように工夫してくれていました。
プリンターの紙の補充も、席から離れたキャビネに入っている書類を出し入れするのも、
術後間もないmimiにとってはかなりの重労働…。
mimiにできるのは、電話応対やタイピング程度でしたが、
後輩や部下さんたちは、いやな顔ひとつせず、mimiの仕事をサポートしてくれました。

出勤初日と言うこともあり…。
必要最低限の仕事だけを終わらせ、ラッシュの時間帯になる前に早退して帰ろうとした時に、
内科の先生が診察を終えて事務所に戻ってきました。
(当時、mimiが働いていたのは健診センターだったので、医師や看護婦が
回りにたくさんいたのです)

mimiは先生に、無事に移植が終わって退院してきたことを報告しました。
そして、毎日消毒するように言われたこと・まだ出血がきちんと止まっていないことを話しました。

mimiが、マキロンと綿棒で消毒していることを話すと、先生は呆れた口調で言いました。

『何やってんの!チョット転んですりむいた傷とはワケが違うんだから…。
骨に穴が開くほど深い傷なんだよ。しっかり消毒しないと大変なコトになるよ…』


その先生は、サっと席を立ったかと思うと、何かを抱えて戻ってきました。

『これ、あげるから持って帰りなさい。今日から、コレを使って消毒するんだよ。
綿棒やガーゼがたりなくなったらいつでも言いなさい。僕の診察室に用意しておくから。』
そう言って、先生がmimiに手渡してくれたのは、消毒液と、滅菌綿棒と、滅菌ガーゼでした。


手術は怖かったけど…。傷口も痛かったけど…。
周りの人たちのサポートがあったからこそ骨髄提供できたんだなぁって思った一日でした。

骨髄バンクやボランティア活動に協力するためには、本人の意思だけじゃなくて、
職場の理解や回りのサポートが必要なんだってコトを、改めて実感したのでした。

骨髄移植のその後・・・。

感謝状

骨髄移植手術から、2ヶ月ほど経った頃、当時の厚生大臣からの感謝状が届きました。

厚生大臣からの感謝状なんて、たぶん『一生に一度もらえるかどうか?』って言うものだからね。
正直、嬉しかったです。

さらに…移植手術から半年以上経ち、“手術したことすら遠い記憶”っていう感じになりかけた頃、
mimiの手元に、骨髄バンクから1通の郵便物が届きました。
開封してみると、出て来たのは、mimiが骨髄を提供した患者さんからのお礼の手紙でした。

ココに手紙の画像をUPすることはできないのですが、書いてあったコトを要約すると…。

・本当はすぐにお礼の手紙を出したかったのに、
 体調がよくなるまでに時間かかってしまった。お礼が遅くなって申し訳ありません。
・もう、桜の花も見ることが出来ないんだろうと思っていたが、
 今年も桜の花を見ることができて、本当に感激しています。
・最近は、体調のいい日には、家の近所を散歩できるまでに回復しました。
・もしかしたら、仕事にも復帰できるかもしれない
・これからは、救っていただいた命を大切にしていきます

というような内容でした。
たった1通の手紙の中に、『ありがとう』っていう言葉が30回くらい書いてあったんです。

mimiは、ホントにホントに感動しました。
患者さんが無事に元気になってくれたことがすごく嬉しかった。

ほんのチョット怖い思い・痛い思いをするだけで、人ひとりの命を救うことができる。
mimiみたいなデキの悪いおバカな人間でも、役に立てることってあるんだなぁって思った。
機会があるのなら何度でも骨髄を提供したいって思った。

mimiはね。
自分がエネルギー切れになってまで、他人のために何かをしようとは思ってません。
でもね。自分にパワーが“100”あるとしたら、100のうち、10でもいい、5でも1でもいい。
持っているパワーのほんの一部を、誰か…自分以外の人のために使えたらいいなぁって思うんです。


でもね。mimiには、ひとつだけ、心残りになっているコトがあるんです。

mimiはね。患者さんから、お礼の手紙が届いた時、ホントに、涙が出るくらい嬉しかったんです。
ホントはすぐに、お返事書きたかった…。
匿名の手紙で、mimiの気持を全部患者さんに伝えるにはどうしたらいいんだろう??
どうしたら、想いが患者さんに届くんだろう??

いろんなコトを考えすぎて、手紙を書いてはみたものの…。
書いては破り、書いては破り…。
結局、お返事を出せないまま、移植後1年が過ぎ…手紙を書くタイミングを失ってしまったのです。

こんなことなら、『お手紙ありがとうございました』って、たった一言でもいいから、
早くお返事書けばよかった…。
『元気になってくれてよかったです』っていう一言だけでも、きちんと手紙にすればよかった。

mimiは、移植から5年近く経った今でも、
患者さんにお手紙を出せなかったことを申し訳なく・・・心残りに思っているのです…。

移植を決意させてくれたメール

古いメールを整理していたら、
受信BOXの隅っこでこんな嬉しいメールを見つけたので、ご紹介しちゃいます(笑)

骨髄を移植した当時、
mimiは、当時働いていた会社のなかで、一番忙しい部署の責任者をしていました。

毎日毎日、終電ギリギリまで残業し、1ヶ月の残業時間は100時間を余裕で超え、
土曜や日曜に出勤しなくてはならないこともあるような部署です。

そんな部署の責任者が、1週間も仕事を休まなくてはいけないと言うことに、
mimiは、ものすごい葛藤と闘っていました。

mimiが移植を決意できたのは、同僚からのメールでした。
その同僚は、mimiの部署ととても関連の深い部署の責任者をしている方でした。

mimiが仕事を休む1週間の間、
mimiの部署の後輩たちの面倒を見てもらえないかと、お願いしたのです。

すると、その同僚の方から、こんなお返事が返ってきました。


まったく問題ないです。
1人でも多くの患者さんが健康になれればいいよね。
mimiちゃんの仕事のフォローは、
間接的に、その患者さんの人生のフォローをできることだと思うので、
100%協力します。
素晴らしいことを実行されているのだと思います。
大変ですけど頑張って下さい。

このメールは、ずっと削除せずに、mimiの宝物にしようと思います。
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