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ドナー体験記

1・運命の登録

きっかけは『21歳の別離』という実話を元にしたドラマでした。
何気なく見たドラマに衝撃的な物を感じてしまいました。
主演女優の好演もあったせいか
翌日、どうしても本が欲しくなり、本屋さんへ直行!
中堀由希子さんの生涯をつづった本に感動を覚え、
日本骨髄バンク存在を知り登録方法を調べはじめました。

仕事柄、平日になかなか休めず、登録したくても暇がない!何とかしなくては・・・。
休日出勤の振り替えを利用して、どうにか登録!
微量の血液採取と説明をききあっけなく終わり、こんなのでわかるの?
と思うほど簡単な物でした。

2・検査の依頼

数年後、二次検査の依頼。当時骨髄移植は、
登録検査・二次検査・最終検査・最終同意の順番に進んでいました。
何も知らずに依頼がきて喜ぶ、アホな私がいました。
通知がきて、HLAが一致した!!移植になるかも・・・
でもまだ二次検査だし可能性だけで手術と決まったわけではないし・・・。
様々な思いが交錯する中、検査を受けに行く。

しかし、待てど暮らせど返事がこない。
あわなかったのか〜と思っているとバンクニュースが・・・。
衝撃!!登録及び検査の簡略化のため今後は
登録時に二次検査まで実施する旨が書いてあるではないか!
ということは・・・一致ではなく早期の登録だったから?
簡略化のための二次検査でした。
本当に喜びをかみしめて舞い上がっていたアホな私でした。

3・過ぎ行く日々

何もないまま過ぎ行く日々に苛立ちを感じはじめ、
こうやってすぎていく日々にも亡くなっていく人たちがいるのにと思うと
悔しい思いが立ちこめてきて何ともいえない感じが続いていました。

当時、配置転換等があって仕事でも追いつめられて
情緒不安定になっていたのも事実でしたが
待てど暮らせどくるのはバンクニュースばかり・・・。
適合確率は低いとは聞いていたけど、こんなにあわないの?
という思いが立ちこめてきました。

忘れた頃に連絡がくると聞いていたけど、待ちくたびれて忘れた頃に
というのは嘘で登録が忘れられているのではと疑いたくなりました。
そしてそのうちに長年勤めた会社を退職し、転職を繰り返し
骨髄移植を考える余裕すらなくなりかけていました。

4・運命の日

丸9年がすぎ10年目に入った11月の末、
いつも届くバンクニュースとはあきらかに違うA4封筒が届く。
これはもしかして?と思うと案の定最終検査の案内!
ついにきたーと喜び、アンケート用紙6枚に記入し返送。
程なくして、財団から連絡が入る。

最終検査及び面談の病院の打ち合わせで自宅近くの病院を指定されるも、
平日ということで会社近くの病院に変更を希望。
その後、コーディネーターを名乗る女性から電話が入る。
会社近くの病院で待ち合わせをし、予定時間よりかなり早くついたため
コーディネーターがくるのを待つことにし、呆然と見回し、
喫茶店でコーヒータイム!
これから検査だというのに緊張感のないとことんアホな私でした。
コーヒーを飲み終わる頃コーディネーターが到着。程なくして両親も到着。

最終同意ではないので両親の立ち会いは必要なかったのだが、
なぜか立ち会い医師の話を聞く。
コーディネートの医師は以前採取医をしていたという先生で
頼りがいがある先生に感じた。
先生の説明とコーディネーターの説明が終わると、いよいよ検査!
問診と血液採取。所要時間は1時間30分。あっけなく終了。
結果は2週間後とのこと。

結果次第ではコーディネート中止もあり得るとのことで
どきどきの2週間が経過しようとしていたときコーディネーターから電話が・・・。
まだ予定よりも早い!
もしかしてマッチングとれなかったの?患者の様態急変?
それとも他人に決定?様々な思いが交差する中
コーディネーターからでた言葉は・・・
『検査結果異常ありませんでした。最終同意の準備をしてもよろしいですか?』
ということはドナー確定???進めてくださいと即OKの返答。

不謹慎ながらもワクワクしてました。
10年目にしてやっとつかんだチャンス、提供の場、これも一つの人助け、
様々な思いが交錯する中で登録したときの思いがこみ上げてきました。

新たな年を迎え数ヶ月して手術前1ヶ月の検査。
ここからは実際に移植手術を行う病院でする事となる。
何度もお会いしているTコーディネーターと待ち合わせをし病院内に入っていく。
いつもながら思うが、担当コーディネーターTさんはバカがつくほどの丁寧な説明と
話し方、本当に信頼できる人である。コーディネーターにも恵まれた感じがする。

1ヶ月前のこの検査、内容はというと、最終検査とは違い、
肺機能検査、心電図なども加わる。
さすがにボランティアのドナーに何かあっては大変ということもあり慎重だ。

5・ハプニング

手術一ヶ月前の検査でハプニング!!!検査に通らなかった!
以前タバコをすっていたから肺機能で引っかかるかもしれないとは
思っていたけれど、まさか肝機能で引っかかるとは・・・。おかしい???
酒は飲まない(いや、正確に言うと飲めない)のになぜ肝機能で引っかかる?
基準値よりも若干オーバー!
数時間置いて再検査、検査結果は変わらず・・・絶句。
麻酔科医の判断で若干でもオーバーということでストップがかかる。
今ここでストップがかかるのは相手患者に申し訳ない。何とかしなければ・・・

1週間後に再々検査をすることになった。
これで肝機能が引っかかったらアウトだ!
何とかしなければ・・・
そんなこんなで、数値を下げるべくインターネットで調べたりして、
食生活の改善を実行!限りなく脂肪分を落として今まで以上に
魚中心の食生活へ変更となる。当然のごとく家族も巻き込み
みんなで脂肪分を落とすこととなる。(1週間で何ができるかって言っても
結局こんなことしかできなかった)
しかし、タバコは手術予定の2ヶ月前に禁煙はじめたのに
何故肝機能で引っかかる?

一週間が経過し再々検査。無事通過!
しかし、先生はこうなることはわかっていたらしい。
疲労や体調によって肝機能は変わるから、若干は変動するものということ。
食事制限とかはあまり意味がなかったのかも・・・。
ともあれ無事通過ということで後は手術を待つのみ。
手術までは体調を崩さないように、健康管理に十二分に気を使わなければならない。

なぜかこの時期に、テレビで移植関連の特番が多い。
不思議なもので、骨髄移植の患者もいた。
何が不思議かと言うと、私と手術する時期が一緒なのだ。
もしかしてこの子??しかし居住区が違う。
この子の居住区は私と同じ県なのだ。子供は一致していても
居住区も違ければ性別も違う。しかもこの子は当初の予定日があって
ドナーの検査結果が思わしくなくての変更だ。
当初の予定日のときは私はすでに手術日が決まっていたのだ。
いずれにしても、このテレビのお子さんもドナーが見つかってよかったと思う。

6・入院

いよいよ入院である。この日、私は父に乗せられてT大学病院へ向かった。
10時待ち合わせもまたしても早くつく。
ここの病院は市内中心部にあるせいか、時間調整が難しい。
しばし待つと病院奥からTコーディネーターが現れる。
おかしい?かなり早くついているのに、
コーディネーターが入っていくのを見落としたか?聞くと
先月移植手術したドナーさんの術後検診で早々と来ていたとのこと。

コーヒータイムの後、入院手続きをして病棟へ行く。
個室も大部屋も希望していなかったのでどちらになるか
どきどきしながらいくと大部屋だった。
病棟では病室の方々へドナーと紹介されると聞いていたが紹介はなかった。
話がちが〜うと思いつつもとりあえず病室に落ち着く。

程なくして、担当看護師が挨拶に来る。
『今回ドナーさんを担当するAです。よろしくお願いします』
このA看護師が若くてかわいい!
一通りの病棟説明も終わり戻ってくるとてきぱきと仕事を始める。
よく見ると病棟看護師の平均年齢はかなり若いように思える。
ベテランと言えるくらいの年齢の看護師もいるが、若きナースの比率が高い。
しかも、全体的に可愛い!!
まあ可愛かろうがどうだろうが手術には関係ないのだが・・・。

病衣は借りないことにしていたので、持ってきた服に着替えることにする。
着替えて待っていても一向に何の進展もない。
この先の予定はどうなってんの?明日は手術なのに説明はないの?
冷房のない暑い病室で待っていると一人の看護師が入ってきた。
もしかして説明かな?と思い起き上がるとベッドの前を通過されてしまった。
待ちきれなくてナースステーションにA看護師を探しに行くがいない。
いるわけがないのだ!なぜならA看護師は反対側の通路を通って
病室を見回っていたのだから・・・。
どこまでもアホなことをしている私であった。暑さもあり病室に戻るのも
嫌だったからホールで涼んでいると看護師長が挨拶に来てくれた。
こんな私に挨拶なんて・・・。申し訳なくなってきた。

いろいろ話を聞いているとA看護師が来て今後の説明があった。
午後から検査がありそれが終わると明日の手術を待つだけとのこと。
検査内容はというと、術前1ヶ月前の検査と同じであった。
あっけないといえばあっけないが当然といえば当然か・・・。

昼食後、時間を見て術前検査に行く。
検査が終わると何もすることがない。とりあえず、病院内を探索し、
明日の術後は身動きが思うようにできないということもあるので、
買い物をしておく。病室に戻り、一眠りと思いきや、麻酔科医到着!
術前説明とのこと。本日21時以降絶飲絶食とのこと。
全身麻酔だから当然のことである。

消灯時間まで飲み物を飲んで床につく。が、眠れない。
気持ちが高ぶっているせいもあるが、暑さも手伝って眠れないのである。
ぎりぎりに飲んだ眠剤が効きはじめて程なく睡魔が・・・。
しかし、深夜に目が覚める。眠剤を飲んで3時間後、
つまり薬の切れる時間である。困ったことに眠剤はまだあるが、
水分をとることができない。
ナースステーションに行くとびっくりされた。コールしてくれればと
いわれたが、こんなことで激務をこなしている看護師さんを呼ぶのは
申し訳ないと思い出向いてしまった。
眠れないんで眠剤を服用したいが大丈夫か?水を飲んで良いかと聞くと
水を飲んで良いとのこと。
早朝までなら大丈夫ということでまたしても眠剤を服用する。
がしかし、結局薬の効果が切れると目が覚める。
悔しいから起きていてしまった。(何が悔しいのかわからないが・・・)

7・骨髄摘出手術

手術当日、前記した通り早朝から起きていた為、目がさえている。
そして今日は待ちに待った手術である。
ワクワクしながら看護師が来るのを待つと、何故か朝食が・・・。
絶食なのに何故?どうやら止め忘れらしい。
担当のA看護師が来る。いつ見ても可愛い!可愛すぎる!
しかもこの看護師、私が登録のきっかけとなった本の主人公と同じ名前なのである。
そんなことはどうでもよいのだが・・・。

説明を受け準備に取りかかると看護師から思いも寄らぬ言葉が・・・。
手術室には違うナースがついていくとのこと。
え〜、担当看護師じゃないの〜。ちょっとだけ不安になる。
術前で気持ちが高ぶっているせいかちょっとしたことでも
不安が押し寄せてくる。というよりも担当看護師が気に入っていたから
テンションをあげて術室に入りたかっただけなのだが・・・。

違うナースがきていよいよオペ室へ行くことになった。
同行の看護師はなんと副師長であった。
違うナースといった意味がようやく分かった。
いろいろはなしながらオペ室へ入る。
オペ室ナースと変わるとやはり緊張しているかと聞かれた。
どきどきする?と聞かれて思わずワクワクすると答えたら爆笑されてしまった!!
過去にドキドキすると答えた人は多数いたけどワクワクすると答えた人は
いないよといわれ10年間の思いがあってワクワクしているから
しょうがないんですというと、看護師もわかってくれたのか、
特にこれといった緊張はしていないということをわかってくれたみたいだった。

手術直前感想を聞かれてしまったが
『緊張感がないよね』といったら、またしても爆笑を誘ってしまった。
麻酔導入まで音楽が聴けるということでサザンをリクエストすると
CDがオペ室にないということで違う曲に・・・突然先生が走っていった。
なんと桑田佳祐のCDをとってきてくれたのである。
感動を覚えてしまった。
しかも今回私の希望で手術風景を写真でとってほしいとお願いしたところ
これも快諾いただき至れり尽くせりだったのである。
この写真は別に公開するとかではなく自分の宝物にしたかったから・・・。

そして運命の麻酔導入。後は記憶がないんだな。
気がつくとオペ室ナースに名前を呼ばれている。
正味1時間くらいで終わったようだ。
名前を呼ばれて気がつくも挿管されていて話すことはできないのだ。
おまけに導尿管も入れられている。
導尿管は抜くときはすさまじく痛いと聞いていた。ん〜困ったぞ。
痛みに耐えられなかったらどうしよう。

オペ室をでて病棟看護師が迎えに来る。副師長だ。
行きも帰りも副師長、頭の下がる思いだ。
病室へつくと担当看護師がきてくれた。
ほっとするも程なくして主治医がきてくれた。
デジタルカメラで撮った写真を元に説明をしてくれた。
ここぞとばかりに先生と一緒に写真を撮った。そして副師長とも。
私の宝物である。今回の手術で関わってくれた方々を含め
すべてをできる限り納めたかった。
記憶だけでなく、記録としても残しておきたいのである。自分がした証として。

8・術後

数時間が経過した後、副師長がきて状態チェック。
尿を採取しようとしたがここでハプニング。尿がでないのである。
水分が足りないのか尿があまりたまっておらず、
点滴速度を早くして、導尿管をクランプしてためることにし、
無事尿を採取する。

そしておそれていた導尿管外しの時がきた。
先生と副師長で外すのだが、あきれるほど痛くないのである。
折角覚悟を決めたのにぃ!!
まぁ痛くないのは良いことであるのでよしとしよう。
術後の腰痛も思っていたほどでもなくのどの痛みもそれほどではない。
例外なくあがるといわれる熱もさほど上がらずあっけない物であった。

もしかして比較的軽くすんでいるのだろうか??
みなさんがいうほどのものではないように思えるのだが、
もしかすると私が極端に考えすぎていたのかも・・・。
しかし、皮肉にも皆さんより強く現れたものが一つだけあった。不眠症である。
入院当日からおそわれていたが、術後までとはつらいものである。
しかも眠剤も効かない。夜勤ナースにも迷惑をかけて
しまったのである。(T大病院血免科の看護師さんごめんなさい)

9・手術翌日

麻酔も完全に切れて腰の痛みがちょっと強いが
それでも予想よりも弱いのである。暇なので病院内を散歩してみる。
コーヒーでも飲もうかと院内のカフェテラスに入ろうとすると
テレビ局が取材にきているではないか。映りたくないので
別の店に行ってコーヒータイムをとり病室に戻ると体が熱い。
思っているほど体力が戻っていないようである。

ベットで休んでいると本日の担当看護師Wさんが登場。
今日はA看護師が深夜勤のため代わりである。
早速聞かれ話をすると怒られてしまった。当然である。
前日に全麻をかけているんだし骨髄を抜き取っているんだから。
少しの間おとなしくして寝ていて薬を飲みなさいといわれ、
このWさんもまた可愛いからちょっと逆らってみて一人我慢大会を
開いてしまった。熱も微熱程度だったし、腰痛も我慢できる程度
であったし何よりあまり薬を飲みたくないというのが本音ではあるのだが。
何にしても夕方までは飲まずに過ごせたのである。Wさんのおかげで。
夕方Wさんに写真をお願いしたところ後でくるとのこと。
お世話になった看護師さんを記録に残しておきたかったのだ。

夕食の時間がきて食事を済ませると熱が上がってきた。
明日は退院ということもあるので我慢大会も終わらせて服薬することにした。
熱も下がり腰痛も収まり就寝につくとこれがまた不眠症で寝れないのである。
しかも大部屋の嫌な部分を見ることとなってしまうのである。
大部屋は血液難病の患者さんと一緒なのである。
すなわち周りは治療中の患者さんたちなのである。それは投薬を
受けてる患者さんもいるし1クール終了したばかりの人もいる。
いずれにしてもこの病室にいる患者さんたちは辛い闘病生活を
送り続けている方々なのである。
この夜に副作用で苦しみだした患者さんがいて改めて
再認識させられてしまったのである。

私はドナーである。健常者なのである。
だから提供できたのだが、この副作用で苦しんでいる患者さんを
見てしまうと何とも言い難い思いがこみ上げてくるのです。
でも私は医師でも看護師でもない。だから心の葛藤が起きる。
どうしようもないほどに、気持ちを追いつめてしまうのである。
このときほど個室にすればよかったと思うことはなかった。

10・退院

いよいよ退院の日です。が不眠症のため午前4時に起きていたのです。
一階まで歩いていきコーヒーを買って病棟に戻ってくると
同じ病室の方がホールにきた。この方としばしの談笑。
聞けば入院歴は長いらしい。そしてドナーとわかるとお礼を言われてしまった。
心苦しい限りである。私なんかにそんな言葉はもったいない。
私の方がお礼を言いたいくらいだった。そうこうしているうちに
深夜勤だったA看護師に呼ばれる。採血だ。最後の検査だ。
このときAさんにも写真をお願いし退院直前に一緒にとりWさんともとることができた。
検査結果がでれば退院となる。
A看護師が深夜勤あけで帰る前にきてくれた。
お礼を一言いって最後の挨拶となってしまった。
若きスペシャリストの集団を見たような気がした。
主治医のF先生が検査結果を持って現れた。
異常なし、退院です。
ほっとしたものの、別れがたいものもあり複雑な心境で
退院の運びとなってしまった。コーディネーターがきて
退院手続きをしている間に師長に挨拶をし写真をお願いして撮ってもらった。

11・術後検診

退院後3週間がすぎ再び病院を訪れる。
血液採取を済ませ結果がでるまで入院していた病棟へ行ってみる。
若きスペシャリストの集団がいた。変わらない笑顔を見せてくれて、
係わった看護師達は覚えていてくれた。
しかし、お気に入りの担当看護師がいない!今日は休みとのこと。
もう会う機会はないと思うといささか悲しい気持ちにもなるが、
シフトもあるし仕方がないので、スタッフ達と話をし、
同じ病室だった患者さんとも、しばし談笑し、診察を受けに行く。

私には、どうやらハプニングはつきものらしい。というよりも、
担当看護師にあえなかったから??検査が通らなかったのである。
つまり再検査!術後まで!体調は良いのに何故??
病棟に戻ると笑われてしまった。
担当看護師にあえなかったからでしょとからかわれる始末である。
しかしまたくる機会ができてちょっとだけうれしいかも・・・。
A看護師に次回はあえるかも・・・。

予定の再検査日が近づくも体調がすぐれず、延期をしてもらい、
再検査を受ける。例によって採取後、病棟に行くと
お気に入りのA看護師がいる!!!やっと会うことができた。
うれしくもあり懐かしくもあり何とも言えないものである。
あいもかわらず優しい笑顔をしている。会うことができていよいよ診察である。
咳が少々でているも検査結果は異常なし!
骨髄バンクの一連の行程の終了である。

12・思い

今回、骨髄バンクを通じて大変貴重な体験を
させていただけたことを幸せに思います。
難病に苦しんでいる患者さんと触れあうこともでき、
改めて命の尊さを感じてしまいました。

健常者である私たちがちょっとの勇気があれば救える命があるのです。
同室の患者さんに言われた言葉、
『ドナーさんがいてくれるということは患者にとってうれしい限りです。
生きる望みになるんです。』
この言葉が私にはものすごく重く感じられ大切に思える。
救える命があるのに、これだけバンクが広がっている中で
まだまだ登録が足りないという現実があるのです。

確かに移植手術において100%安全というものではありません。
また、移植しても必ず助かるというものでもないのも事実です。
でも移植しなければ死が待っている患者さんがいるのも事実なんです。

私は今回移植において様々な勉強をさせられました。
この経験を無駄にはしたくない。
バンク登録は強制するものではありません。
あくまでもボランティアという上で成り立つものです。
故に納得のいかない部分があるのも事実です。
しかし、人命を第一に考えているのも事実なんです。
ドナーの安全性も含めて最善の注意が払われています。

私はバンクに登録していたことを誇りに思うし、
今回骨髄提供できたことが私の宝物になりました。
患者さんにお礼を言いたい気持ちもあります。
それは、この移植手術というものがかけがえのない体験となり、
人生の糧ともなり得るものだからです。
最後に今回造血幹細胞摘出手術にかかわった医療スタッフの方々、
日本骨髄バンクの方々に心から感謝申し上げたいと思います。
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