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ドナー体験記

【はじめに】

ドナーになりました。今から約1年前です。1年たって、その頃を振り返りました。
ドナーになることや登録することに不安を感じている方の少しでも参考にしてもらえたら
と思って長々と書きました。

【登録】

いつ登録したのか自分でも忘れていましたが、コーディネーターさんから
12年前と教えてもらいました。
当時は平日休みで働いていたので、徒歩で行ける場所に血液センターがあったこともあり、
月に一度くらいは献血に行っていました。
そのときに骨髄バンクを知り、すぐに登録しました。両親とも反対していましたが、
そのときは同意していますと嘘をついて。
今は登録の時には両親の同意は必要ないようですが、実際に提供にいたってから
説得できない例もあるようですので、早めに相談しておいたほうが良いですね。
私の場合は過去にいろんなボランティア活動をしていたこともあり、
言葉よりも行動で納得させたって感じです。

【2次検査】

今はないようですが、当時はすぐに2次検査の依頼が来ました。
これは候補者がいるのではなくて、ただの項目の追加だったらしい。
なんで当時はそんな面倒なことをしていたのか。
2次検査の依頼が来たときは、すぐにでも提供するのかと思って
提供をとても身近に感じました。

【何もなく過ぎる】

しかし、実際に提供の話はなく、ニュースが送られてきたり、
ボーナス出たら寄付金を振り込んだりはしていたくらいで、数年が過ぎました。
ニュースには体験者のことがよく載っているので、それを読んでは涙し、
私には来ないなあと思っていたくらい。ひとごとでした。

【3次検査来る!】

登録から5〜6年後だったと思います。封書が送られてきました。
必要事項を書いて返送。コーディネーターさんから電話が来ました。
希望の病院は伝えましたが、そこではないところを指定されました。
23区在住なので、どこの病院でもそれほど不便ではありませんが。

気がかりは、当時は正社員ではない雇用だったので、お休みを長く取ることが
悪い印象を与えてその後の雇用がなくなったらどうしようということ。
同じ仕事をしている社員さんにだけ事情を話したら、
仕事は全面的にフォローしてくれると。
その方は「自分は扶養家族のことを考えると、万が一の事故が怖いから
登録できないから、その分も、提供する人のお手伝いはする」と言ってくれました。
しかし、他の方がドナーに決定しましたということで、あっけなくコーディネートは終了。

【考えたこと】

この機会に提供に際しての流れやリスクを知っておけたことは良かったです。
でも、提供するかもしれない状態に身を置いて、少し考えてしまいました。
提供時に休みを取ったことによって自分が不利な状況になり、
患者さんは無事に回復されて社会復帰して何不自由なく生きていけるのに、
私は職を失うの?なんてことを考えてしまいました。
提供者や患者さんの作成したHPを探して読んだりしているうちにそういう考えは
どこかに行ってしまいました。
適合する人をどれだけ待っているか、移植前後がどれだけ大変かが良くわかりましたので。

【再び3次検査来る!】

そして、さらに5〜6年後、登録からは12年後に再び封書が来ました。
今回は正社員になっていたし、前回いろいろ考えていたこともあり、迷いはなく返送。
コーディネーターさんから連絡があり、3次検査に行きました。
今回は希望の病院で受けられることになりました。
そして、一度3次検査までしているので、説明は聞いていることをお話しすると、
説明は随分端折ってくれました。
説明の後、採血して終わりです。会社は半日休みました。

【選定保留】

説明は受けていましたが、あららと思いました。選定保留とは補欠ってとこですね。
2番手です。1番目の人に決まれば私に用はないということです。
ただ、決まるまではちょっと待っててねということ。
長いときは2ヶ月くらいかかることもあるそうです。

これの何が困るかというと、例えば海外出張を命じられても断るべきか?
ということがあります。
ドナーになる人は、旅行先にもよりますが、極力海外旅行を避けなければいけません。
ドナーになるかどうかもわからないのに、スタイバイ状態が長いというのは不便ですね。
その海外出張を引き受けることが自分にとって大きなキャリアとなる場合、
断ったのに結局ドナーになることはなかった、なんてこともあるのかな、
などと考えてしまいました。

私の場合は海外出張があるような仕事ではありませんし、
危険なスポーツを趣味にしていたわけでもないので、普通に生活していれば
良いだけでした。
ひとつ、不便だったのは趣味の海外旅行を封印していたことくらいです。
出費が控えられて良かったと前向きに考えていましたが、
留学中の友達がいるうちに行きたかったところがありました。
来年は人事異動の可能性もあり、異動後の職場の繁忙期によっては
この国には当分いかれないだろうなと思われる国に行く計画を立てていたので、
ちょっと残念。
たかが観光旅行と命を天秤にかけるわけには行きませんが、選定保留とは
微妙な立場でした。

【ドナーに決定】

選定保留からどれだけたったか忘れてしまいましたが、1〜2週間くらいだったと思います。
それほど長いとは感じませんでした。
コーディネーターさんから留守電が入ってましたが、連絡つく前に郵便のほうが
先に届きました。
(コーディネーターさんは留守電に必ずメッセージを残してくれますが
「また電話します」だけで、大事な用件を留守電に残すことはしませんでした)

【最終同意】

今回も希望の病院で受けられることになりました。
それも、たまたまいくつか指定された日の中に、
父の受診日(父はその病院に定期的に通っています)があったので、
その日に設定してもらいました。
こういったことも、今回は偶然な出来事が私に都合の良いことばかりでした。不思議。

当日は、3次検査の時に説明は診察室だったのと違って、
会議室のようなところを準備してくれていました。
私は3次検査と同じ内容をまた聞くことになります。
これは第三者(弁護士さんでした)の前でちゃんと説明したよってことを
証明するために仕方ないとは思いますが、同じことを聞くために時間がかかるなぁ
という感は否めません。
父はいくつか質問をしましたが、取り越し苦労な質問ばかりだったので、あっけなく解消。
それでも、「本当は同意したくないけれど、本人の意思だから」(←とみんなの前で
言いました)と同意。
意外だったのは、コーディネーターさんの態度。
弁護士さんって社会的に地位が高いし、普段あまり接する機会がないので、
私は緊張していたのですが、コーディネーターさんは弁護士さんによりも私に
丁寧な態度でした。
あくまでもコーディネーターさんにとって一番大切なのはドナーだってことが
伝わってきました。
コーディネーターさんに感謝です。

【日程を決める】

病院は私の希望している病院でと決まったのですが、
日程の決定は少し時間がかかりました。
私の希望は患者さんの希望より10日くらい遅いものでした。たった10日ですが、
夏でしたので、夏休みを使えるときとそうでないときでは仕事量が違うので。
でも、結局は患者さんを優先にしようと思い、お任せしますと
コーディネーターさんにこちらから連絡しました。

ちょうど、患者さんの希望でお願いできないかと再度連絡をくれるところ
だったそうで、助かります。とのこと。
コーディネーターさんは間に入って大変です(患者さんよりドナーさんの都合を
優先してくれることももちろんあります)。

私は自分で考えて患者さん優先と決めたので、押し切られたという気はしていませんが、
ドナーになる方は希望を言って良いと思います。
ただ、患者さんは骨髄移植しか方法がないというほど切羽詰っているのでしょうし、
悩みどころですね。
日程が決まれば休みを申請したりできますので、仕事の調整など
本格的に動けるようになりました。
提供は決まっても、日程が決まらない状態は中途半端で少し困りました。
患者さんの病状にもよるのでしょうが、日程は早く決まるのが良いと思います。

【1ヶ月前検診】

仕事の都合で午前を希望したのですが、午前は外来で空きがなく昼の予約に。
この時間がまた中途半端で、どうせ午後なら夕方ならぎりぎりまで仕事するのに、
午前の仕事を終えて走っていきました。

でも、本当は走ってはいけなかったのです。急に走ったことによって、
検査の数値が上がってしまったりすると再検査になるとは後で知りました。
検査項目はいっぱいです。健康であるかを確認するのはもちろんですが、
全身麻酔の際に必要となる項目もあります。
検査結果はすぐに出ないものもあり、結果によっては治療が必要になったりもする
そうですが、とりあえず何もなく進むと想定して、この日に自己血の採血日を決めます。

この日に説明してくれたのが血液内科の先生で、この方が手術もしてくださるそうです。
先生といわれる人って偉そうな態度の人が多いと日ごろ感じていましたが、
この先生はとても腰が低くて驚きました。
患者じゃなくてドナーだから?いえ、先生のお人柄だと思います。
帰りに入院の予約をして帰ります。
コーディネーターさんは「個室を希望しても良いですよ」と言ってくれましたが、
患者さんの負担になるのを知っていたので、希望しませんでした。

【自己血採血】

骨髄液を抜くことは、出血することと同じです、とどこかの説明段階で言われました。
通常ではありえない出血をするのと同じですので、
あらかじめ自分の血液を抜いて保管し、採取時に自分に戻します。
これは、他人の血液を輸血するよりも事故が少ないからです。

採取する骨髄液の量が少なくて(患者さんがお子さんの場合など)、
ドナーさんが大きい場合は自己血を採血しない人もいるそうです。
私の場合は、患者さんが男性、ドナーである私が女性(それも小柄)でしたので、
決められている最大量の骨髄液を採取します。
自己血も一度大量には採血できないので、2回に分けて通院することになります。

ちなみに、ドナーから採取できる量は体重で決まっています。
私の場合、決して痩せ型ではありませんが、肥満でもドナーにはなれないし、
背が低いので採取量が少ないのです。
提供する量が多ければ、血を造るための細胞だけを取り出して
より濃いものが患者さんに提供できるようです(正確な表現ではないかも
しれませんが、感覚的にそんな感じです)。
型があっているなら、たくさん提供できる体型の人とか、
移動時に何かあったら困るので少しでも近いところに住んでいる人とか、
そういう条件もドナー選定の理由になるのかなぁと思いました。

【1回目の自己血採血】

採取のほぼ1ヶ月前に1回目の採血に行きました。
保管できる限界があるので、あんまり早くは採血できません。
なので、ほぼ一ヶ月前です。それなら、一ヶ月前検診のときに一緒にと思いますが、
検診の結果によってはドナーになれないかもしれないので、仕方ないです。

400ml採血。順調に終わりました。
もともと採血するときにはいつも出が良いほうなので、あっという間に終わりました。
その後、麻酔科の先生の説明を受けるので、そのまま待っていたところ、なんだか脂汗が。
気持ち悪い、トイレ行こう、と立ち上がった瞬間に目の前が真っ暗になり、
その場に崩れました。
先生や看護師さんがあわててやってきて、車椅子でベッドに運んでくれました。
横になっていたらすぐに良くなりましたが、ちょっとつらかった。
何でこんなことしてるんだろう?って一瞬思いました。
たまたま麻酔科の診療が遅れていたので休んでいられました。
それに、以前にも400ml献血の後に同じ症状になったことが数回あったので、
落ち着いてきたら、別にどうってことないな、いつものことだと思えました。

休んでいる間、血液内科の先生が様子を見に来てくださり、1ヶ月前検診でも
どこも悪いところはなかったと。女性は貧血が多いけど、それもなかったそうです。
それを聞いて安心したのか、寝ていたらすぐに回復したので、
麻酔科の先生の診察に行きました。

自己血採血時にはコーディネーターさんは同行しません。
でも、前日とその日の夜に電話をくれました。
ちなみに、ドナー登録者は女性のほうが多いのに、実際に提供するのは男性のほうが
多いそうです。
出産などもあって都合がつかないこともありますが、貧血が理由も多いそうです。
女性の登録者の皆さん、貧血には気をつけましょう!

【2回目の自己血採血】

1週間後です。
献血で400ml採血したら、たしか2ヶ月は献血できなかったはず。
それが、1週間後も400ml。
1ヶ月前検診で貧血はなかったといわれたけれど、今日は鉄剤を処方してくれました。
これから入院する日まで毎日これを飲みます(1日だけ飲み忘れました)。
コーディネーターさんは前日と、当日の夜に連絡をくれました。
合計800mlの自己血採血はコーディネーターさんの今までの経験でも
多い方だと言われました。
それだけ採取する量が多いってことですね。

【いろんな書類にサインする】

とにかくいろいろありました。
自己血を輸血すること、手術すること、麻酔に関して、
入院に関しての書類にサインしました。
親のサインが必要なものもありました。
あんまりいっぱいサインさせられると、これからすんごいことをするんだなぁって
思わされます。
私はそれほど気になりませんでしたが、親がナーバスになるのを避けるために、
母ではなく父にすべてサインしてもらいました。

【服薬の禁止】

提供前は、飲んで良い薬はもらった鉄剤だけです。他の薬は飲んではいけません。
散々検査して健康と太鼓判を押されたわけですから、
薬なんて必要ないと思われるでしょうが、私はそうではありません。
女性の方には心当たりがあるでしょうが、生理通が月に一回は襲ってくるのです。
私の場合は特にひどくて、市販の薬では効かず医師から処方してもらっていました。
採取医の先生に事情をお話して、飲んで良い期限を決めてもらいました。
幸い、周期の関係で期限後に飲む機会はありませんでしたが、
どうしてもの時は医師に相談するようにといわれました。
相談したらどうなっていたのかはわかりません。
飲んではいけないといわれたら、仕事をさらに休むことになったと思います。
休んで寝ているしかない。私の生理痛はそのくらいひどいです。
なので、手術日と周期がちょうど重ならなかったのは幸運でした。

希望の病院で採取してもらえたことや、日程が患者さんの希望と私の仕事の日程と
合っていたことなど、きっと、この患者さんとは縁があるんだと思いました。
それと、私は普段からストレスに弱く、胃腸虚弱なのです。加えて、頭痛もち。
一ヶ月これらの症状が出たら薬なしで我慢できるかしら?と不安でしたが
「大丈夫!」と自分に暗示をかけました。
自分で自分に暗示をかける、試してみてください。

どうしても薬を飲みたい症状が出たら医師に相談してくださいといわれましたので、
場合によってはすべて禁止ではないのかもしれませんが、
冬でしたら気をつけてはいても風邪をひいてしまうこともありますし、
健康でいるって思ったよりも難しいことです。

【採取前】

これといって、普段と変わりない生活を送っていました。
提供した人の書いたもので、交差点では一番前に立たないとか、
ホームの一番前に並ばないとか、とても気にしていたというのを
読んだことがありますが、私はまったく意識していませんでした。

暗示の効果か、私は普通にしていれば無事に採取日を迎えられるという
根拠のない自信があったのです。
それに、私は競泳をやっていて、その時期は一年で一番大きい大会があり、
そちらに気をとられていたので、ほかのことはあまり考えなかったのが
良かったのかもしれません。
大会に出ることは医師にも報告してありましたが、怪我をしないかと聞かれ、
その後も怪我しないでねと何度か言われました。
あの〜水泳って、あんまり怪我しないんですけど、と思いつつ、
それだけ私が怪我をすることは大変なことなんだと感じました。

ドナーの急な健康状態の変化は患者さんにも大問題ですから。
麻酔科の医師にも麻酔時に影響があるから、風邪を引かないでといわれました。
夏でしたので、風邪は気にしていなかったのですが、
入院前日は急に肌寒い日でしたので、初夏だというのに羽毛布団をかけて寝ました。

【入院1日目(木曜日)】

せっかくサインした書類を忘れて戻ったりして、ぎりぎりで到着。
コーディネーターさんが出迎えてくれました。
コーディネーターさんからは
「同室の患者さんには私からは何もお話しませんので、
ご自分のお好きなようになさってください」と言われました。

看護婦さんの案内で病室に入り、看護婦さんが大きな声で「新しい方です」と
いってくれたので、名前を言ってぺこりとしました。
バンクのドナーです、ということには触れませんでした。
看護師さんが入院中のことを説明に来てくださり、
少ししてコーディネーターさんはお帰りになりました。

着替えにパジャマを持っていっていたのですが、同室の方はTシャツだったり、
病人じゃない私が一番病人みたい?
もちろん、病院によって、入院患者さんによって違うと思いますが、
もし、これから入院される方はパジャマ以外のものも少し準備されて、
周りを見て決めるのも良いかもしれません。

主治医の先生が来てくださり、挨拶をしました。
特に説明があるわけでもないのですが、顔を見に来てくださったようです。
この先生は一ヶ月前検診のときも腰の低い先生だと書きましたが、
本当に丁寧で穏やかな方でした。
この先生のおかげで不安もなく手術を迎えられたと思います。

看護婦さんがシャワーの予約をしてくれました。
いつも寝る直前にお風呂なので、なるべく遅いほうが良かったのですが、
14時ころしかあいていませんでした。
することもなく、携帯電話を持って面会室へ。
ここはソファやテーブルがあり誰でもいてよい部屋で、携帯電話も使用できます。
本なども置いてあります。
なんとなく病室にいづらくて、午前中はずっとこの面会室にいました。

平日なので、仕事のメールなどをしたり、持参した本を読んだりしていました。
昼ごはんはすべて食べました。目の前の患者さんは食欲がないと
ほとんど召し上がれない状態なのに、ぺろっと食べてしまって
ちょっと居心地が悪かったです。
食後はすぐにシャワーを浴びました。
出てきたところで斜め前の方が「ドライヤーを借りられますよ」と
声をかけてくれました。
目の前の方と、斜め前の方はどちらも髪の毛がほとんどありません。
それなのに、私は腰まであるロングヘアーなのです。
なんだか申し訳ない気分です。
ご飯をペロッと食べたことや髪の毛のことなど、個室にすればよかったと少し思いました。
せっかくドライヤーを借りたのですが、すぐに看護婦さんから呼び出し。

レントゲンなど検査のために降りていきました。
外来は午前でほとんど終わりなので、すいていてすぐに検査は終わって
部屋に戻ってきました。ちなみに、一人で行ってきました。
一ヶ月前検診と同じ場所でしたから迷うこともありませんでした。

戻ってきたところ、斜め前の方に「バンクのドナーさんなんですってね」と
話しかけられました。
いないうちに看護婦さんからでも聞いたのでしょうか?
自分から話すのはどう切り出してよいかわからなかったし、
ずっと黙っているわけにも行かないし、人が話してくれて私は助かりましたが、
もちろん、自分からお話しするのも良いと思います。

斜め前の方はバンクから提供を受けたといっていました。
目の前の方は血縁間で提供を受けたと。
お二人とも、涙を流して私に感謝の言葉をくれました。
涙もろい私ですので、いつもでしたら泣きそうですが、
なぜかここでは私は泣いてはいけない気がして、涙は出ませんでした。
そんな、たいしたことじゃないですよ。気にしないでねって感じで振舞いました。
このお二人と同室だったことは、私の短い入院生活を
とても有意義なことにしてくれました。

お二人は年齢が少し離れていましたし、病歴も違っていましたが、
どちらも骨髄の提供を受けて、少しずつ回復しているという点で、
よくお話をされていました。
元気になったら何を食べようとか、何をしたいとか。
いろいろな体験談を読んだりしましたが、生の声を聞けたことは
貴重な体験でしたし、ドナーとして、提供を受けて回復していく人を
間近に見られることは励みになりました。
とはいえ、私はかなりの人見知りで、こちらから話をすることも普段からない上に、
病気治療中の方に何を話してよいかわからず、
午後も検査の後はすることもなく、午前と同じく面会室で仕事のメールを
携帯でしたり本を読んで過ごしました。

夕食もすべて食べました。食後には下剤を飲みます。
麻酔科の先生がいらして、点滴を入れるのに左手の甲の血管に印をつけました。
明日の朝、看護師さんがこの印の上にてテープの麻酔を貼ってくれるそうです。
ちなみに手術日にその場所には点滴は入らずに手首になりました。
私は医療関係者ではありませんが、自分の直感でこの血管には入らないと
わかっていたので、違うところに刺してもなんとも思いませんでしたが、
医師はずいぶん恐縮していました。
せっかく、刺すときに痛くないように麻酔テープを貼ってもらって
無駄になったわけですから。
自分の体は時として医師よりもわかっていたりしますよね。気のせいかな?

さて、起きていても、おやつを食べることもできませんし(9時以降だったかな?
禁飲食です)、テレビも見ませんから、寝るに限ります。
ちなみに、テレビカードは看護師さんがくれました。本当は買うものです。
そういうものを買ったりするためにバンクからは5,000円が支給されますが、
私は普段からテレビを見る習慣がなく、退屈なのは体験記などから
知っていたので、大量の本を持ち込んでいました。
消灯は早いですが、私の特技はいつでもどこでも眠れることなので、
とくに緊張もなく熟睡。

ただ、同室の方の点滴が終わった信号音や、左隣の方はかなり具合が悪く、
トイレにも行けずにナースコールをすることが多く、朝まで何度も目が覚めました。
起きてもすぐに寝られるのも特技なので、何度もおきて何度も寝ましたが、
一度目がさめるとなかなか寝られない方もいらっしゃるでしょうから、
個室のほうがそういう方には良いと思います。

【入院2日目(手術当日)】

朝ごはんは食べられません。
昨晩下剤を飲んだおかげで、朝からお通じがありましたが、
それでも腸を空っぽにするために浣腸をしなければいけないそうです。
浣腸はトイレで行い、そのままトイレにいました。
ところが、看護師さんがいなくなってから具合が悪くなりました。
冷や汗をかいて、目の前は暗くなるし、吐き気もしました。
どうせトイレに座ってるので、そのままナースコールもせずに
少し座っていたらすぐに治りました。
4日間の入院生活で、このときが一番つらかったかも。

トイレから出たら着替えです。手術着の下はT字帯と、タイツ。
T字帯は自分で買う病院もあるそうですが、ここはすべて支給してくれました。
タイツはいわゆるエコノミー症候群にならないように、
適度に足に圧力を加えるものなので、きついです。

さて、確かここで麻酔の注射を打ったと思います。そして、ストレッチャーに異動。
同室の方に元気に「行ってきます」と言い、手術室へ。
麻酔科の先生や血液内科の先生が待っていました。
昨日顔を見た先生方がいるとやはり落ち着きます。
さらに麻酔を。ここからは記憶がありません。
まだ病室に戻る前に、血液内科の先生から「終わりましたよ」と
声をかけられた気がしますが、定かではありません。

病室に戻ってきたのは昼過ぎだと思います。
だんだん麻酔が覚めてきて、看護師さんが「気分はいかがですか?」と
いうので、「寒いです」と答えました。夏でしたが、とにかく寒かった。
看護師さんは手足を触って、電気毛布を持ってきてくれました。
手術室を出たときからずっと酸素マスクがついていて、すごい重病人みたいです。
家族に来てもらわなくて良かったと思いました。

少しして、麻酔が覚めてきたら暖かくなり、電気毛布は外してもらいました。
そうすると、今度はだんだん暑くなり、マスクをしている口元も汗をかいて
気持ちが悪いです。でも、マスクはもう少しつけているように言われました。
看護師さんが「なるべく足を動かしてください」と言うのです。
タイツをはいているとはいえ、エコノミー症候群を防ぐためですね。
でも、足はまったく動かないので「足は動かないです」と言うと少し驚かれました。
私も驚きました。意識ははっきりしてきたし、口も手も動きますが、
足だけ動かないのです。

後で聞いたのですが、この病院では腰から下の麻酔を追加するそうです。
ですので、心配はないとのことですが、でも少しでも動かしてといわれ、
がんばって動かしました。
ひざを立てたら、まだ麻酔が完全に覚めていないので、
ドンと音を立てて足は元に戻りました。そして、採取部にその振動が!
無理に足を動かすなんて、やめました。採取部が痛いんです。
痛みをひどくするようなことはしたくない。
ベッドの背もたれは自分で角度を変えられます。
これで、自分で少しでも楽な姿勢を選べます。かなりくの字になって寝てました。

夕方、コーディネーターさんがやってきて、私の不自然な姿勢を見て
驚いていました。でも、私にはその姿勢が楽だったのです。
コーディネーターさんはいくつか質問をして帰っていきました。
この時間に来るのが決まりなのでしょうか、翌日じゃダメなのかしら?って思いました。

採取部の消毒がありました。
血液内科の先生のうち、若手の先生が看護師さんとやってきました。
仰向けで寝ているのですが、採取部は腰の間あたりですから、
うつ伏せにならなければ消毒はできません。
「うつ伏せになってください」と言われた時は”何言ってるの?できるわけ
ないじゃない?!”と思いました。(口には出しませんが)
「ゆっくりで良いですから」と言われ、本当にゆっくりですが、
自分でうつぶせになりました。やればできるもんですね。

針で刺したくらいだと思っていたので、消毒しても何も感じないと思っていたら
大間違い。左側がとてもしみました。
すごいしみたので、思わず声を出してしまったくらい。

その後は本を読んでいたところ、先生が様子を見に来てくださいました。
やっぱりこの先生に来てもらえると一番落ち着きます。
「いっぱい刺しちゃってごめんね」と言ってくれました。

夕食は普通に出ます。
これがとてもおいしかったという体験記を読んだことがありますが、
私はほとんど食べられませんでした。
朝から何も食べていないわけですから、プチトマトひとつ食べただけで
気持ち悪くてばたっと寝ました。
目の前の方が心配して「ナースコールしたら」と言ってくれましたが、
呼んだところで何も変わらないと思い、少しずつ、本当に少しだけ食べて
おしまいにしました。
このころはまだ尿道カテーテルが入っているので、トイレに行く必要はありません。
起き上がれないので、自分でトレーを返しに行くこともできませんし、
歯磨きもできません。

水は大きなペットボトルを持ち込んでいたので、それを飲んでいました。
家族の付き添いがない方はまったく動けませんから、
飲み物を持っていったほうが良いですよ。

看護師さんが寝る前に声をかけてくれたので、
「常におしっこをしたい感じがする」といったところ、
「私もそうでした」と。自分だけじゃないと思うと安心します。

採取部が痛いので、仰向けはつらいのですが、「圧迫したほうが早くふさがる」と
言われましたし、もともと仰向けでないと寝られないので、そのまま寝ます。
でも、眠れませんでした。痛くて。結局ナースコールして痛み止めをもらいました。
手術後は何度か点滴をするので、その度に具合を気にしてくれて、
痛くてもそのくらいは仕方ないと我慢していたのですが、
痛みで3度目がさめたときにナースコールしました。
お願いしてから薬を持ってきてもらうまでには時間もかかるし、
痛いときは無理しないほうが良いです。

金曜日でしたので、仕事のメールに応対したかったのですが、
歩けないので面会室にも行けず、あきらめました。
この夜はうんうんとうなりながら寝ました。
普段は寝返りなんて意識せずにしているのでしょうが、動くのは大変です。
ベッドの手すりは落ちないためについていると思っていましたが、
動くときにとても便利だということが良くわかりました。

【入院3日目(手術後1日目)】

朝ごはんはしっかり食べました。復活!
朝ごはんのときにタオルを差し入れてくれました。うれしい。
この病院は暖かいタオルが自由に使えます。
でも、昨日は動けないので、それを取りに行くこともできませんでした。
ご飯の前にカーテンを引いてベッドの上で体を拭きました。気持ち良い!
尿道カテーテルも抜けました。
固定していたテープはとても強いもので、皮膚を一部持って行かれました。
じつは、このときの跡が今(6ヵ月後)も残っています。

採血後に少し疲れて寝たのですが、テープを外さずに寝たのが大失敗。
すごくかゆくなりました。
採取部を消毒してもらったところ、昨日とてもしみた左のほうが
ふさがっているようですが、右はまだのよう。
確かに、右のほうが少ししみたかな。声を出すほどではありませんでしたが。

立ってみることに。
明日には退院するつもりでいたので、ひょいっと立てるかと思ったら、結構しんどい。
立つってことは重力を感じることだと良くわかりました。
重みが採取部にのしかかるようです。

初めて歩くときは看護師さんが付き添うことになっているので、
そのまま歩くことに。また呼ぶのも手間をかけることになりますから。
私は気を遣いすぎたのかもしれませんが、この病院の看護師さんは
みなとても忙しそうでした。

尿管カテーテルを固定していたテープをはがした跡出血していたのも
消毒に来てくれるといったのですが、来てくれませんでした。
命にかかわることじゃないから、忘れられても良いかなと放っておきました。
このときに消毒しておけば今でも跡が残るなんてことにはならなかったのかな。
まあモデルでもないので、跡が残ってもぜんぜん気になりませんが、
看護師さんには遠慮しないで何でも言ったほうがよいでしょう。

歩くついでにトイレに行きました。部屋にはトイレがあったのですが、
他の方は遠くまで歩けない方もいますし、私は廊下のトイレを使っていました。
しかし、歩くスピードはとても遅い。
そして、採取部の痛みを抑えるには少しそり気味が楽。
少し手を広げてそり気味に歩く姿は、様子を見にやってきた家族に
不思議がられました。

昼も夜も全部食べました。
面会室にも行き、メールをしたり本を読んだりして過ごしました。
今日も午前に午後にと点滴があり、寝る前に痛み止めをもらいました。
採取部の痛みは少しずつ治まっては来ているものの
寝られるような状態ではありませんでした。
この日はシャワーを浴びられる日でしたが、採取部がまだ完全に
ふさがっていないためダメでした。
せっかく同室の方が予約をしてくださったのに残念ですがあきらめました。

【入院4日目(手術後2日目)】

朝から採血。採血は常に右。
もうこのころにはとにかく採血場所も尿道カテーテルを固定していた
テープの跡もかゆくて仕方ありませんでした。
看護師さんはアレルギーかと心配してくれましたが、ただのテープかぶれです。

コーディネーターさんが様子を聞きに来てくれ、手術日よりも元気になった
といってくれました。まあ、あの時は手術から数時間しかたってなくてつらかったしね。
コーディネーターさんをエレベーターまで送っていくところで先生に会いました。
先生は私を見て、「おっ、ずいぶんスタスタ歩いてるね」と。
これが私にとってはうれしいことでしたが、あとで、この言葉に悩まされることに。。。
私自身、すたすた歩いているとは思えませんでしたが、
採取例も多くあるこの病院の先生が言うのだから、私の回復は早いのだろうと
勝手に思い込んでしまったのです。

消毒をして、退院です。もう一本予定していた点滴もしなくて良いと。
退院手続きを看護婦さんがしている間に着替えて片付け。
入院期間は短かったので、片付けといっても着替え(パジャマ2枚)と、
サンダル、顔に塗っていた化粧水などをしまうくらいです。

同室の方には「お世話になりました。さようなら」とだけ言いました。
それまでお二人が話していたことを聞いていたら「早く元気になって」とか
「がんばって」とは言えませんでした。
最後にお世話になった先生にご挨拶をしたかったのですが、
あいにくいらっしゃらず、荷物を持つときに腰に負担がかかるので、
持ってしまった荷物は置きたくない。
なので、そのまま帰りました。

さすがに、電車で帰ることはできませんでした。
家族にはこの日に退院できるだろうとは言っていましたが、
迎えに来てくれとは言っていなかったので、荷物をようやく持ちながら
ゆっくりタクシー乗り場へ。
タクシーのソファが採取部に当たるのがつらかった。

帰ってすぐに昼ごはんを食べました。
こういうときは一人暮らしだったら食事の準備をするのも大変だったろうと思います。
この日はほとんど寝てました。

夜になると痛みがひどくなり、痛み止めを飲みました。
処方しましょうかと言われましたが、前にも書いたように
普段から生理痛用に痛み止めを処方してもらっているので、
その薬の名前を言ったらそれを飲めが良いとのことでした。
それでも痛みで眠れず、ドナー体験記の本などを読んで
痛みは普通なのかな?などと不安になりながら過ごしました。

【退院後1日目(手術後3日目)】

月曜日ですが、会社はもともと休みを取っていたので、
家で洗濯をしたりして過ごしました。
明日も休みを取っていましたが、午後からは出勤しようと思っていたので、
少しでも動かないといけないと思い、家の中だけですが、
いろいろ体を動かしました。
痛み止めはもう飲まなくても大丈夫そうです。

【退院後2日目(手術後4日目)】

昨日、いろいろ動きすぎたようです。
とても疲れて、朝食後に寝込んでしまいました。
とても午後から仕事は無理。午後からは近くの郵便局や銀行に行ったり、
電車に1駅だけ乗って消毒薬を買いに行ったりしました。
昨日は消毒後に帰ってきたので、家では消毒しませんでしたが、
今日からはやらないといけないので、大きめの絆創膏などを買ってきました。
自分では合わせ鏡をしても大変なので、家族にやってもらいました。
でも、翌日からは一人でできたので、一人暮らしの人も安心ですよ。

このころ、私は回復が早いと勝手に思い込んでいたので、
明日から出勤するというのに、こんなにのんびりしか歩けないなんて
変じゃないか?と不安になりました。
とはいえ、採取する病院は大きなところですから、
ふらっと行って「ちょっと見てください」なんてことはできませんし。
消毒だけでも近所の病院でやってくれるっていうシステムがあったら
良いのになって思いました。

採取部が痛くないように腰を締めないワンピースなどを着て、
振動が採取部に響くので、ヒールははかない、少しそり気味でゆっくり歩くと楽。
この姿勢って、妊婦です。
信号をのんびり歩いたり、銀行で座るときにのんびりでも、
周りの目が温かかったのは妊婦だと思われていたんじゃないかと思います。

【退院後3日目(手術後5日目) 】

出勤しました。朝のラッシュに乗る自信はなく、30分シフトしました。
私の勤務先はシフトが比較的許されているので、水〜金までシフトします、
というだけでOK!
家から駅まで、駅から職場までとってものんびりと歩きました。
プリンターに書類を取りに行くときなど、あんまりゆっくり歩いていると
周りに心配をかけるので嫌でしたが、早く歩くと痛いし。
残業せずに帰ってとっとと寝ました。

【退院後4日目(手術後6日目)、退院後5日目(手術後7日目)】

ラッシュを避け、のんびり歩き、残業せず、を続けました。
バンクからいただくデータの中に
”術後何日で日常生活に戻ったか”というのがあり、
7日というのが一番多かったので、これ以上痛かったら
おかしいんじゃないかって不安になりました。

日常生活って言うのもあいまいですね。
仕事に行っているのに日常生活に戻れていないとはいえないのかも、
でも、まだ痛いし、痛いからのんびりしか歩けない。

7日目にコーディネーターさんから電話があります。
痛みが強すぎるかなんて、個人差もあるし、
コーディネーターさんだって電話で「私の回復は遅いでしょうか? 」と聞かれても
困ったでしょうね。でも、同じようなことを繰り返す私の話を
ゆっくり聞いてくださいました。

コーディネーターさんの年齢はお聞きしませんでしたが、
私より年下だったかもしれません。でも、私は姉のように頼りにしていました。
手術のときは先生が頼りですが、退院後先生に電話するわけにもいかず、
やはり全期間を通して一番頼りになるのはコーディネーターさんですよね。

【最後に】

結局術後2週間は泳ぐこともせず、おとなしくしていました。
そのうちに夏休みになり仕事ものんびりムードになり、
気がついたら痛みもいつの間にか消えていました。
私は頭でもおなかでも痛いときは寝て治すのですが、
上を向いて寝るということが採取部を圧迫することで痛くて寝ることもできない。
好きな姿勢で寝られないことはつらいことでした。

周りの方で、骨髄バンクに興味を持ってくれた人がいたのはうれしいことでしたが、
興味を持ってくれたと同時に採取は痛いということも印象付けてしまったようです。
でも、痛くないです!って嘘をついてもいけないと思ったので、
ありのままを見てもらいました。

厚生大臣からの感謝状が届きました。私はこれはいらないと思います。
ほかの事にその分の費用も使ってほしいです。
まあ、もらえるならA4くらいで十分です。
患者さんにお手紙を書こうとあれこれ考えましたが、親切の押し売りになるのが
怖くて書きませんでした。
来たらすぐにお返事を書こうとカードを買ったりしましたが、結局来ないままに
1年が過ぎました。それが何を意味しているのかは考えないことにしています。

採取後1年はドナー登録は保留ですが、1年たってどうしますか?のお手紙が
来たので、再度登録をしてもらうように返送しました。
次に提供するときは今回以上に不安がないし、
今回、痛い重いつらい思いはしましたが、そして、その結果患者さんが
どうなったかは分かりませんが、私にはとても満足感があります。
患者さんの居住地域とおおよその年齢、性別は教えてもらいましたが、
その方に限らず、バンクから提供を受けて元気になる方がいるなら
何度でも提供したいと思いました。
そう思わせてくれたのは、同室の方の影響だと思います。

会社の同僚や友人が、思い出したように「そういえばもう痛くない?」と
聞いてくれることもありましたが、今ではそれもないくらい、
提供が遠いことになりました(たった1年ですけど)。
ドナー登録することを不安になっている方、
痛いって読んでさらに不安になるかもしれませんが、ほんの数日のことでしたよ。
1日も早く、骨髄提供以外のもっと簡単な治療法が見つかることを願っています。
でも、それまでは善意の輪が広がり、少しでも多くの患者さんが救われるように
祈っています。

読んでくださった方、ありがとう。
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