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ドナー体験記

はじめに

「骨髄移植」という言葉自体は、比較的耳にする言葉ですが、
実際にどのようなことをするのか、どのようなリスクがあり、
どのような効果があるのか、なかなか知る機会は少ないのが現状です。

実際、私がドナーの通知を受け、ドナーの事を調べようと思っても、
なかなか生の情報がなく、不安な日々を送りました。

今回、骨髄ドナーとなり、骨髄採取のために入院し、骨髄提供をしました。
単なる経験談ですが、少しでも骨髄移植のことを分かって頂いて、
どなたかの不安が軽減され、その結果、提供される方が増えることになればと思います。

なお、経験談をあまり具体的に書くことはできないことになっていますので、
日付、施設名などは、ぼかして書かせて頂いてます。ご了承ください。

ドナーとなることは決して怖いものではありません。
ほんの少しの勇気で、助かる命があります。

骨髄移植とは

まず、骨髄移植のことを書く前に、骨髄とはなにか、
なぜ移植しないといけないのかを、簡単に書いておきたいと思います。

骨髄とは、骨の中心部にあって、絶えず血液を作り続けています。
この、骨髄には骨髄液という液体が入っていて、
その中に、血液を作る「種」の細胞が入っています。

白血病などの病気は、この「種」に異常が生じて、
正常な血液を作れないようになってしまうのです。
現在の有効な治療の一つは、この骨髄液を正常な人から移植する、というものです。

この骨髄液は誰のものでもよいわけでなく、
「HLA」という型が一致しないといけません。
これは、通常のABO型の血液型とは関係なく、
逆に血液型が違っても、このHLA型が一致すれば、移植ができるということです。
ただ、通常の血液型と違い、HLAが一致する確率は、数万分の一というものです。
血縁の中でも、兄弟間で四分の一という確率です。
他の家族(親子供など)の場合は、他人よりは確率は良いですが、
高い確率はあまり期待できないようです。

そんな訳で、血縁以外での移植を推進、仲介する目的で、
骨髄移植推進財団が存在するわけです。
この財団やドナー登録に関してはHPなどの広報で
豊富な情報がありますので、そちらを参照してください。
私からは、実際に提供した経験を中心に書きたいと思います。

コーディネート通知

● ○月○日(通知1日目)

ドナー登録から5年、骨髄移植推進財団から親展の封筒が届く。
内容は「骨髄移植に必要なHLA型が一致した患者さんが見つかったが、
提供する意思があるか?」という内容のものだ。
また、小さな紙が入っており「今回の提供先は国外である」との申し添えがあった。

アンケート形式で郵便で返信するようになっている。
最初に提供の意思があるか。
次に、病気などしていないか、生活習慣などの質問が続く。

「骨髄提供者となられる方へのご説明書」というものが同封されている。
これが骨髄ドナーのバイブルである。
全部目を通せば、骨髄ドナーの基礎知識が身に付く。
が、ささっと、目を通し、提供するとの回答を送る。(^^;
(この時には、提供することによる自分のリスクに気が付いていない)
通常、この通知から手術まで3ヶ月から5ヶ月くらいかかるらしく、
現在の勤務先の都合で、△月までに提供を完了したい旨をメモに書き同封した。

なお、この通知は、HLA型が概ね一致した人に送られており、
精密検査を受ける人を、アンケートの結果から、再度ピックアップすることに
なっているようである。

ところで、5年前に登録していること自体を忘れていた。
定期的にニュースが送られてくるのであるが、自分が登録していることと
リンクせずに読んでおり、自分が提供者になるとは、全く予想していなかった。

財団、地区事務局からの連絡

● ○月○日(通知から14日目)

アンケート返送から3日くらいすると、財団の本部から、
「今後のやり取りは、近畿地区事務局に引き継ぎ、コーディネータが対応にあたる」
旨の電話連絡を受ける。(後日同様の内容の文書が送付されてきた)
その直後、近畿地区事務局のコーディネータから電話があり、
詳細な血液検査と説明をするため、近所の病院に来てほしいとの申し込みがある。
(確認検査という)
結局、○月○日○○大学付属病院で確認検査を受けることになる。

確認検査

● ○月○日(通知から31日目)

○○付属病院で血液検査と、今回の骨髄移植の手順やリスクについて説明がある。
血液検査用に10本近くの血を採取する。
今回は国外への提供(国際コーディネイトというらしい)ということで、
そちらへの病院へ国際郵便で送付していた。
(採取した血液を、国際郵便のダンボールにそのまま入れてたので間違いないです)
骨髄移植のリスクについては、手術で骨髄液を採取すること、
全身麻酔をすることなどに由来するリスクがあり、
それぞれは低い確率で問題が起こるが、過去に死亡例などもあることが説明される。
正直ドン引きである・・。
逆に、提供を受けた人が、助かる確立は70%程度ということで、
自分が提供することによる後遺症の残るリスクと、相手が助かる確率から考えると、
提供する決意を新たにする。
今回の血液検査から複数の提供者から絞られるらしく、通知まで1,2ヶ月かかるとのこと。
緊張する日々が続きそうである。

血液検査通知

● ○月○日(通知から35日目)

検査から4日ほどで、詳細な血液検査の結果が送られてくる。
血液に問題はなく、次の審査に進んだようである。
うれしいような・・複雑である。

選定通知

● ○月○日(通知から39日目)

コーディネータから最終的に提供者として選定されたとの連絡を受ける。

最初の検査から1、2か月かかるはずが、1週間で通知・・妙に反応が早い。
もしかしたら、候補が一人しかいなかったのかもしれない。

連絡を受けた直後に、財団からドナー決定通知なるものを受け取る。
この通知を受けてから、最終同意という手続きを行う。
この手続きは、本人だけでなく家族も含めて同意し、この同意を行うと
基本的には提供を撤回することはできなくなる。
(提供者の病気などの場合は撤回される)

最終同意も専門医のいる病院で行われる。
こちらの日程と医師の日程とコーディネータとの日程調整で、
約10日後の○月○日に△△病院で最終同意をすることとなる。

採取病院の決定

● ○月○日頃(通知から54日目)

採取病院の決定は、コーディネータが調整をしてくれるのであるが、
仕事の日程や、場所がどうしても調整できず、相当の時間を費やした。
自宅からの距離、家族の面会の利便性、仕事上の日程の調整、
などなど、結局最終的な場所、日程などがきまるまで1週間程度
かかることになる。

結局、○市立病院で○月○日採取と決まる。
また、事前の検査は○月○日に決まる。

採取する曜日は、医療機関ごとに決まっており、週が決まれば、
自動的に入院日や採取日、退院予定日などが決まってくる。
入院は採取前日の水曜日、採取日は木曜日、退院は順調にいけば、土曜日となる。

採取前の健康診断、日程確認

● ○月○日(通知から69日目)

今後は採取病院の市立病院でお世話になることになる。
血液外来というところで、健康診断、今後の手順などを調整する。

健康診断は、血液検査、レントゲン、肺活量検査など数項目あり、
人間ドックのような感じで順番にまわっていく。
特に肺活量検査は初めての検査でなかなかなれずに時間がかかってしまった。

提供する相手は韓国在住で体重○kgということがわかる。
私よりもはるかに体重は重い・・
採取する骨髄液の量も、私の採取量MAXの1200ccとなる。
そのためには、事前に2回の自己血採取が必要となる。
自己血採取の日程は、○月○日と○日に決定する。

いよいよ、提供に向けた具体的な作業に入る。

第1回自己血採取

● ○月○日(通知から75日目)

400ccの血を採取する。
献血センターのような設備をイメージしていたが、
病院のベットに横になり、普通のハカリの上に採取のバックをおいて
血を自然落下で抜いていく。
ちょっと採りすぎでない?と思ったけど、自分に返ってくるので、よしとする。
400ccは軽くオーバーした量を採ったので、すこしふらつく。
当然、飲み物のサービスがあるわけでもなく、スポーツ飲料を2本買い、
一気飲みする。
血液をつくるための、鉄分の薬が処方される。

鉄分補給薬の副作用

● ○月○日頃(通知から80日目)

第1回の自己血採血時にもらった鉄分の薬を服用すると、
すさまじく気持ちがわるくなる。
吐き気と便秘とそれに伴うむかつきがひどい。
気分が悪くなるかもしれないとは聞いていたが、
日常生活に支障が出るくらいしんどい。
一日置きに飲むようにするが、やはりしんどい。
日頃薬を飲まないので、副作用はきつい・・・

第2回自己血採取と検査等

● ○月○日(通知から87日目)

前回と同様にハカリで400cc抜く。
今回は定量ですんだようだ。
医師から、鉄分の薬は無理して飲まなくてよいとの回答をもらったので、
薬はやめることにする。
麻酔科医との面接があり、いろいろと説明を受ける。
私は前歯の1本が差し歯で、もう1本も根元で折れているので、
その旨を伝える。
全身麻酔なので、肺まで管を通して呼吸をサポートするが、
それをはずすときに、たまに歯にあたり折れたり、グラついたりすることがあるらしい。
次に、耳たぶを切って、止血するまでの時間を計測する検査を受ける。
きっと耳たぶは切っても痛くないから、止血検査に耳たぶを使うとおもっていたが・・
いっ痛い・・すごく痛い・・、普通に注射するよりはるかに痛い・・なんで耳たぶで・・。
とりあえず、普通に止血したようなのでよかった。
いよいよ、次に来るときは採取のための手術である。
私の相方は、今の時期には、放射線や薬で骨髄細胞が破壊され、
自分で血液を作れない状態になり、無菌室で私の骨髄液を待っていることだと思う。
私の不注意が一人の命を失わせてしまうこともありうることから、
日常生活でも十分に注意をしていかなくてはならない。

入院準備

● ○月○日(通知から95日目)

入院準備があり午後6時に退社。

やはり直前にならないと準備できない。
着替えなどは暖かくなっていることから、思うほどスペースはとらないが、
パソコン関係が、着替えなど以上にスペースをとってしまう。

結局、45リットルのリュック(3泊程度の登山用リュック)につめる。
電車でも結構浮くだろな・・
まさか入院に行くとは見えないだろし・・。

入院当日

● ○月○日(通知から96日目)

午前10時にコーディネータと待ち合わせ、入院の手続きをする。
おもったよりゆったりした部屋である。
結構、寝るときに物音などに敏感なのでありがたい。
ベットは・・普通の病院のベットである。
テレビも置いてあり、本当に助かる。

入院の備品の準備をしていると、
担当の医師、麻酔科医、看護師などの挨拶などを受け、血液検査などをする。

手首にはIDバンドをつける。
手術や検査など、すべてこのバンドをスキャンしてから行うそうである。

手術の時にはくパンストのサイズ測定なども行う。
(エコノミー症候群予防らしい)

食べ物は午後9時まで、飲み物は手術当日の明日午前5時まで可能とのこと。
夕食は普通食というもので、普通のご飯である。
昔に入院食をみたことがあるが、だいぶ進化したようである。

夕食までは、各科の医師や看護士などの出入りがあり、バタバタするが夕食後は時間があく。
明日の朝には手術、全身麻酔からちゃんと目が覚めるのか・・不安が渦巻く。
とりあえず、遺書だけ書いとく。

夜は寝る前に、下剤を飲んで、手術当日にはおなかを空っぽにする。
夜は、11時前に就寝する。
不安と環境の変化から、何度も目が覚める。

採取翌日

● ○月○日(通知から98日目)

やはり6時過ぎに目が覚める。
手術当日の腰の痛さは、ケガ的な痛さだったが、
今日は重たい痛さに変わっている。
たぶん、この重たい痛さをしばらく我慢しなくてはいけないのであろう。
針を刺した箇所はさすがに触れると痛い。

朝から血液採取、体温測定、血圧測定など。
退院後の検査(術後検診)の日程を決める。
朝ごはんは小さなパン2つと牛乳、正直少ないかと思ったが、
ちょうどよかった。

体のだるさは抜けず、横になってはうたた寝の繰り返しである。
頻繁に検診などの巡回があるので、そのたびに起きては、うたた寝である。

昼から外出可能ということなので、昼食後、駅前を散策することにする。
ただ、病院から出た瞬間から足が重たいことに気がつく、
とても普通には歩けない、お年寄りにも抜かれていきながら、駅前の本屋で
本をみてみる。
でも、立っているだけでもしんどい。
結局、30分もしないままに病院にもどり横になる。
(こんな状態で、来週仕事に復帰できるのか・・と、言う前に、既に月曜から予定が埋まってる(;;))

せっかくなので、ノートパソコンで文書を作成したり(この文書もその一部)、
現在趣味でやっているシミュレーションの分析などをしてみる。
身体はしんどいが、思考は大丈夫のようで、結構進む。
ただ、2時間もやっていると、身体がしんどくなる。

結局、夜までパソコンを触ったり、本を読んだりで一日が終わる。
いよいよ明日は退院だ。
短い入院生活だったが、本当に健康がありがたいと思う。
普通に朝起きて、朝食をとり、出勤・・の毎日が、ありがたいと思う。

退院

● ○月○日(通知から99日目)

朝はいつもの血液検査などの検査をする。
今日の検査結果で退院が決定するので、ちょっと緊張する。
朝食は毎朝同じようにパン食
。 朝のニュースを見る。
海外では大きな出来事が起こったようで、その話題ばかり・・。
横目で見ながら、片づけをはじめる。
旅行とちがい、行きも帰りも同じ分量の荷物なので、詰めるのは安心である。
ただ、帰りはこのリュックを担げる自信がないので、
家族に折り畳みのキャリアを頼んである。
10時前にコーディネータの方がきてくれる。
退院の手続きをしてくれたのかな。
10時過ぎに当直医師が来て、血液検査の結果を見ながら、
順調に回復しているとのコメントをもらう。
予定通りの退院許可が出た。
家族がまだ来ないのでしばし待機。
家族が来たので病院内を軽く案内し、11時に退院。
4日間、実質は3日程度の入院だったが、
今までに経験したことない入院、手術室、全身麻酔、病院食・・
いろいろな経験をし、いろいろと考えさせられた入院であった。
私の骨髄液を受けた相方は、点滴で身体に取り入れ、
骨髄液はちゃんと骨髄に漂着するそうです。
そこで、うまく種から血液ができるようになれば、
移植完了ということになります。
(実際はその前後でいろいろな処置や副作用などあります)
私には相方の病状を知るすべはありません。
きっとうまくいってくれた、と信じるしかありません。
がんばれよーー相方&My骨髄液!!

社会復帰

● ○月○日(通知から101日目)

土曜日に退院。
日曜日は休息し、月曜からは仕事。
いきなりの社会復帰である。
朝から予定が入っている。(入院前に自分でいれたのだが・・)
なかなか、思うように身体が動かず、結構しんどい。
いつもよりだいぶゆっくり歩くが、すぐに息切れしてくる。
血が薄いのか・・・入院で体力が落ちたのか・・・。
採取から2週間で血は戻り。
一月で骨髄液はもとに戻るそうである。

社会復帰後

● 退院から数日

毎日、目に見えて、身体が楽になる。
思ったよりも回復ははやい。
でも、できれば、退院後3日くらいは、家で静養しとく方がいいと思う。
(現実にはなかなか難しいでしょうけど)
私の場合は、腰の痛みよりも、貧血気味の状態がつらかったです。
確信はありませんが、睡眠をとることで、回復が早まったように思います。

術後検診

● ○月○日(通知から119日目)

手術後2週間から1ヶ月後に、術後検診があります。
私の場合は、仕事の関係があり約3週間後となりました。
術後検診の内容は、血液検査と手術跡の検査と聞いていたのですが、
血液検査、胸部?のレントゲン、心電図の検査でした。
数値的にはだいぶ回復していたのですが、
身体のだるさ、疲れやすさ、腰の鈍い痛みが、未だひいていないことから、
もう一度検診を受けることとなりました。
コーディネータからは退院後、週に一度程度の電話があり、
体調などの確認があります。

移植手術3ヶ月アンケート

今日、久しぶりに骨髄移植財団から、封筒が届いた。
内容は移植から3ヶ月後のアンケートだった。

思い起こせば3ヶ月前は病院で緊張の日々を送っていた。
健康に過ごしていれば、本当にわすれてしまうが、
今でも多くの人たちが、骨髄の提供を待って、入院生活を送っている。

自分が再度提供するには1年以上の期間をあけないとできないし、
仮にできても、あと1回のみ。
提供以外になにかできることがないか、今のうちに考えたいと思う。

でも、まだ仕事が忙しくて、最終検査いけてないので、
とりあえず、そちらを終わらせないと・・・(^^;

ドナー術後検診終了

やっと、ドナーの術後検診が終わりました。

長い検査・・骨髄液採取・・術後検診・・と、
足かけ半年くらいの月日が流れました。

最後の術後検診は本来、術後1月くらいで行われるのが通常であるが、
術後一月は体調がわるく、その後仕事が繁務になり、
結局、術後3ヶ月がたってしまった。

結果は、当然のように異常なし。
これだけ動けてて異常があったら怖いです(^^;

そんなわけで、骨髄ドナーの体験としては、 これで終わりとなります。

今回のドナー体験は、私の人生の中でも大きな意義のあるものであったと思います。
人生は有限であり、時間の貴重さを再認識させてもらいました。

与えることで得られることの方が大きいというのは、
本当に実感として理解できるものでした。

次回があるかはわかりませんが、骨髄提供以外にも、いろいろとできることはあると
思いますし、これからもなにかしらのことをしていきたいと思います。
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