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ドナー体験記

第1章 案内は忘れた頃にやってくる

ある日いつものように家に帰ると、郵便受けに
見慣れない色の封筒がニョキッと突き刺さっていた。
宛名は怪獣父で差出人は骨髄移植推進財団。
今まで、骨髄バンクニュースが送られて来る事はあったが、
封筒の色が違ったので、いよいよ来るべき時が着たのか、と
すぐに理解できた。

怪獣父が骨髄バンクに登録したのは今から5年前の平成15年、
1号が生まれて、1年が経過しようという時だった。
たまたま、献血をした会場内で骨髄バンクの登録を行っており、
わずかな血液で登録できると聞いた。

1号が生まれてから、強く感じていたことは、
子供に何かあれば、何とかして助けたいと思うだろう、と言う気持ちであった。
きっと、子供の成長や幸せを願う親なら、誰しもがそう思い、
そして、あらゆる手段を講じるだろうと感じていた。
もし、1号が白血病などになり、自分の骨髄液が提供できないとすれば、
自分の無力さを呪うと共に、適合者がいるなら助けて欲しいと
思わずにはいられないだろうに違いない。

それならば、自分が逆に与えることが出来るのではないかと思い
登録をすることにした。
登録は本当にわずかな血液で行うことが出来た。
(記憶が合っていれば、本当に数滴だったと思う)
こんな量で、血液の型がわかるのだなぁ、と感心すると共に、
怪獣母に相談もしないで登録したことに若干の後ろめたさを感じていた。

家に帰り、怪獣母に登録した事と、自分の思いを告げると、
怪獣母はすんなり『判った』と言ってくれた。
怪獣母の言葉は短かったけれど、とても力強く、そしてありがたくあった。
本当に怪獣母と結婚して良かったと思った。

登録した時のことを反芻しながら、封筒をイソイソと開ける。
親展と至急開封というハンコがいかにもそれっぽい。
登録して5年目にしてやってきた、適合者通知の案内、
怪獣父が骨髄ドナーになる第一歩がやってきました。



封筒をあけると、そこには予想通り怪獣父と血液の型が
一致する人が移植を待っている旨の内容が書かれてある。
ドナー提供をする意思が変わっていなければ、同封されている
アンケート用紙に記入して返信してくださいとのこと。

質問項目は多岐にわたるが、その日のうちに書き終えて
すぐに返信、これで問題が無ければコーディネイト開始となる。

骨髄移植までの流れは、怪獣父も登録していながら知らなかったが、
おおよそ下記のような形で進んでいく。
地域によって若干の違いはあるようだが、
確認されるポイントは変わらないものと思う。

(1) 通知書が来る。
(2) 提供に向けたコーディネイト開始
(3) 確認検査
(4) 最終同意
(5) 健康診断(場合によっては自己血採血)
(6) 第1回目or第2回目の自己血採血
(7) 骨髄液採取

上記の中でも一番重要と思われる段階は(4)の最終同意、
この段階を過ぎると、提供者側の意思では、
提供を撤回することが出来なくなる。

当然、アンケートを書いている段階では、そこまでは考えられない。
ドナー提供者になるかどうかは、まだまだ分からないからだ。

アンケートの中では特に腰痛に関する質問が多かった。
これはコーディネイトが始まってから教えてもらったことだが、
骨髄を採取する場所は、腸骨といわれるお尻に近い部分から摘出する。
したがって、骨髄採取後の痛みが採取によるものなのか、
前からの腰痛によるものなのか、判断が難しいため、
慢性的な腰痛もちの方は、コーディネイトに進む事が難しいようである。

アンケートを返信して5日間くらいで、コーディネイト開始のお知らせが来る。
アンケート内容からは問題が無かったようで、
これから骨髄提供へ向けて手順を進めていくとの事、
同時に担当のコーディネイターの方からも連絡をもらう。
これからは、財団に所属するコーディネイターを介して、
検査の日にちの決定や、細かな打ち合わせが進んでいく。

とりあえず、確認検査(血液のより詳しい型を調べる検査)を行う日程を決める。
幸い、確認検査は近くの病院で出来ることが分かっていたので、
近くの病院で受けさせて欲しいことを告げ、同時に希望日を話す。
コーディネイターの今田さん(仮称)は、『超』がつくほど丁寧な言葉遣いで
対応してくれて、病院側との調整を図ってくれた。

いよいよ、提供への道を本格的に歩むことになる!

第2章 コーディネイト開始

財団の今田さんとのやり取りを数回繰り返して
確認検査の日にちが決定した。
確認検査までの間、コーディネイト開始のお知らせと共に送られてきた
骨髄提供候補者用の小冊子を見て、当日聞いてみたいことなどを整理する。

ドナー登録しておきながら知らない事が書いてあり驚く。
以下に怪獣父が分かった事を列記しておきます。


(1) 骨髄液は腸骨からとる

 これは前回ちょっと触れましたが、怪獣父は
 今までどこから骨髄液を採取するのか知りませんでした。
 一般的には骨髄と言うと脊髄と言うイメージがありますが、
 腸骨はもっとお尻のほう、従って脊髄に傷が付くことはありえません。


(2) 非血縁者間での死亡例はなし

 財団が係わった移植での提供者の死亡例はなく、世界的に見ても死亡例は4件、
 この数字を多いと見るか、少ないと見るかは個人の判断で分かれるでしょうが、
 死亡例のある移植はいずれも血縁者間によるものでした。


(3) 移植を受けた人が全員助かるとは限らない

 骨髄液を採取して移植が成功しても、提供を受けた側が必ず助かるとは限りません。
 移植を受けた側も、反応が色々あるようで助からないケースもあります。


(4) 入院の時には5千円もらえる

 ドナー提供はボランティアで、お金を貰うことはありませんが、
 入院準備金として5千円は貰えます。
 まぁ、スリッパ買ったり、テレビカード買ったり、病衣代を支払ったりすると
 いくらも残りませんが、唯一の収入です。


(5) 骨髄の採取方法は2・3箇所から

 骨髄を取るときは先程も言った腸骨からとります。
 注射器のような器具を差し込んで、針先を少しずつ動かして
 1穴100箇所程度、腸骨に穴を開けます。
 1箇所から取れる骨髄液は僅かしかないため、
 表面に見える注射穴は2・3箇所ですが、
 骨には300箇所くらいの穴が開くことになります。


この五つが大きく分かったことです。
いよいよ、最初の関門確認検査が迫ってきて、
コーディネイターの今田さんとも初対面。
次回は確認検査について書きたいと思います。



いよいよ確認検査の日、確認検査とは何をするかと言うと、
骨髄移植に関する説明や手術方法、それらを聞いた上での
提供意思の確認、意思が変わらなければ詳細な血液検査
を行う段階であります。

病院の玄関で今田さんと待ち合わせてから、病院の会議室で
血液内科の先生を含めた3人で話をします。
怪獣父、今まで血液内科という診療科があることすら知りませんでしたが、
白血病や血液由来の病気のエキスパートなんだそうです。

会議室に入ると、先生はまだ来ておらず少々遅れるとの事、
しばらく初対面となる、今田さんとドナー登録した理由や、
これからの日程、また、術法や手術後の後遺症例などについて
かなり丁寧な説明をうけます。

実は怪獣父、提供するに当たってこれだけは確認したい!と言う
ことが1つだけありました。
それは移植は複数回出来るのか?と言うことです。
もし、我が家の怪獣たちに何かあった場合、一番血液の型が近いであろう
怪獣父が骨髄の提供を出来ないのであれば、キッパリ断ろうと思っていました。

今田さんによると財団がかかわる提供については
2回を限度としている、とのことでした。
これは財団として一人の提供者に負担をかける事を避けるためで、
実験的に3回目の提供をしていることはあるようですが、
非血縁者間の移植は2回を限度としているようです。
基本的には骨髄液は摘出後一時的に減るものの、時期が来れば
元の量に戻るので、体の負担のことを考えなければ、
何度行っても問題はないと思いますが、非血縁者間で
それを試すようなことはまずありえないでしょう。

怪獣父の気になる点も解消された頃に、血液内科の先生がやってきて、
引き続き話をします。
小冊子や財団のHPなどには、ここで立会い医師から
色々説明を受けるようなことが書いてあったし、
骨髄移植を体験した人の話などをインターネットで見ても書いてありましたが、
怪獣父が出会った先生はあまり口数が多いほうではないようで、
ほとんど話すことはありませんでした。
財団の今田さんが答えることの出来ないような事になると、
ボソッとしゃべる程度で、言い方は悪いかもしれませんが、
あまりいる意味は怪獣父とっては無いように感じられました。

所定のやり取りを終えると、現段階での意思確認があり、
意思の変更が無いことを告げると、血液採取になります。
沢山並んだ試験管のような容器に怪獣父の血液がドクドクと流れ込み、
いよいよ始まるんだな、という気になってきます。
どうか、へんてこりんな病気にかかっていませんように、と願いを込め
この日はこれで今田さんともお別れです。
数日後に来ると言う血液検査の結果を一日千秋の思いで待つことにしながら、
しばらく控えていたビールを家でゴクゴクと飲んでしまいました。



確認検査から5日後くらいに血液検査の結果が送られてきて、
検査の結果は、骨移植に関して問題はないとのこと、
とりあえず一安心しながらも、これで骨髄移植に向けて
また一段ステップアップしたことに気を引き締まります。

実は書くのをずっと忘れていましたが、
コーディネイトは同時に最高5人まで進められており、
最終的な決定権は提供を受ける側にあります。
ドナー側はもちろん、コーディネイターにも何人が
コーディネイトを進めているかは知らされておりません。
一人の場合もあれば五人の時もあるし、
候補者が複数人いれば問題ないですけど、
一人しかいなかったら、断りづらくなるために人数は秘密なのです。

そんな候補者の一人となった怪獣父、移植が現実的なものとなってきたので、
怪獣母とも話をしましたが、怪獣母は『そのために登録しているんでしょ』と一言、
ちなみに怪獣父の両親にも話をしましたが、
父は自分がドナーに登録していたこともあり、何事も無く
母も怪獣母が良いと言うなら良いんじゃない、との返事、
今田さんからは、最終同意では家族は勿論、
奥さんの親が反対したりすることもある、と聞いていましたが、
怪獣家にその心配はなさそうです。
体験談を読んでいると、両親を説得するのに大変だった、などと言う
書き込みが多かっただけに、怪獣父は恵まれていると感じました。

血液検査の結果が着てから、1ヶ月以内には何らかの連絡が来るとのこと、
その日が今日か今日かと待つ日々になりましたが、
とりあえず、怪我や病気にならないように気をつけながら、
生活することを心がけました。
この頃は、せっかくここまで来たんだし反対する家族もいないから、
ぜひとも怪獣父を選んでくれ!と言う思いが強くなってきました。

第3章 そして最終同意へ・・・

確認検査を終えてから、2・3週間が経った頃だと思うが、
財団から郵便が届いた。
もちろん、提供者となるかどうかの案内であることは判っていたので、
イソイソと封筒をあける。

そこには、怪獣父が提供者として選ばれた旨が書いてあり、
率直な感想としては嬉しかったの一言に尽きると思う。
ある意味この感情は病気で苦しんでいる人がいるのに、
不謹慎な感情であるかもしれないが、それでも自分が人の役に立てる
と言う喜びが、怪獣父の中にふつふつと湧き上がって来たのは事実である。

その日のうちに財団の今田さんから連絡が入り、
最終同意の日程を決める打ち合わせを行った。
提供すると決まれば、早く最終同意をしてしまいたいと思っていたし、
仕事の都合上、早めに手術日までの検討をつけておきたい事もあった。

幸い、最終同意も近くの病院で行えるとのことだったので、
今田さんに希望を伝えて、先生との調整を取ってもらう。
最終同意は家族の了承も必要となるため、怪獣母に同席してもらうことにし、
いよいよ、大事な過程である最終同意を迎えることになる。

前にも触れたが、最終同意はとても大事な約束となる。
最終同意をもって、提供を受ける側は骨髄移植に向けた準備に取り掛かる。
体の菌を良いも悪いも全て殺し、無菌室に入り移植に向けて準備を進める。
最終同意後の移植提供の取り下げは、
すなわち提供を受ける側の生死にかかわる問題となり、
善意が悪意に変わる瞬間でもあるのだ。
財団の今田さんによると、それでも年間に数件は取り下げがあるらしく、
最終同意は本当に大事な約束であることを強く話していた。

怪獣父には反対する家族もいなかったので、気にはしていなかったが、
やはり、いざ移植する段階になって止めたいという人がいるのも、
財団の方々や提供を受ける方々には申し訳ないが、判るような気はした。
それは、移植に関する体験談などは基本的に移植に関して否定的な意見なく、
移植して良かった、的な体験談が大半を占めていることにあると思う。

そこには邪推すると、否定的な意見を黙殺しているようにも感じることが出来るし、
意図的に安全だと言う方向に持って行こうとさせる力があるように感じてしまうかもしれない。
怪獣父が移植後にどう感じたかは、後で述べるとして、
そのような作られたような状況に違和感を感じる人もいるかもしれない。
また、移植する本人や家族(奥さんや旦那さん)は最終同意に同席し、
詳細な話を聞くことが出来るが、それ以外の提供者の関係者は、
本人や最終同意に同席した人からしか話を聞くことが出来ない。
もし、聞いたことに本人が答えられないようなことがあれば、
不安になることは想像に難くない。

無論、全ての関係者に対して詳細な説明をすれ、と言うつもりは毛頭ないが、
少なくとも、提供者に選ばれたら、一通りのことは説明できるように
準備しておくべきだし、その際には良いことも悪いことも含めて
説明できなければならないと思う。

怪獣父も最終同意までの間、骨髄移植に向けて色々調べたし、
説明出来るように準備しておいた。
今田さんから最終同意の日程の連絡をもらい、
いよいよ怪獣父が骨髄提供となる日が近づいてきた。



いよいよ最終同意の日となり、怪獣母と病院に向かいます。
実はこのとき、怪獣母は身重の体で、具合もあまり良くありませんでした。

病院に着くといつものように今田さんがおり、早速部屋に通されます。
最終同意は医師と今田さん怪獣父に怪獣母、そして第3者の立会いが必要となります。
冊子や体験談には弁護士と書かれておりましたが、怪獣父の時は
財団の人が立会人として着ており、今田さんの怪獣母への説明に漏れがないかを
チェックしておりましたが、財団の人が第3者になりうるのかは、
いささか疑問が残るところではありました。

今田さんが怪獣母に移植に対しての見解を問うと怪獣母は
『登録してきた時に、怪獣父の思いを聞いて納得した。
 もし、反対するならその時にしていたと思う。
 欲を言うなら、子供がもう少し大きくなって骨髄移植を理解できる
 ようになってからだと良かったと思っている。』と説明した。

怪獣父はそれを聞いて怪獣母を抱きしめたくなりましたが、
人前なのでやめておくことにしました。
一通りの説明が終わると、書類にサインをします。
これ以降、怪獣父の体に異常が出るか、患者側にトラブルが無い限りは
移植を怪獣父側の意思で取りやめることは出来ません。
怪獣父と怪獣母でしっかりとハンコをついて書類の完成です。

ちなみに、この日も立会い医師はほとんど話すことが無く、
怪獣母も『あんまりいる意味ないね』と言うほどでした。
体調の良くない中、一緒に来てくれた怪獣母に感謝、
そして、これから子供が生まれてくると言うのに移植に
同意してくれた怪獣母はとても凄い人だと感じました。

その後、移植前の健康診断の日程調整にかかります。
これ以降は移植を行う病院ですることになりますので、
自分の希望する病院を告げると共に希望の日程を申し出ます。
健康診断の結果が思わしくなければ、移植は中止、
自分が急に一人の体では無くなったような感じがして、
初めて、妊婦さんの気持ちが分かったような気がしました。

健康診断までの間、不摂生をしないように気をつけながら、
近づきつつある移植にドキドキの日々を過ごします。

第4章 待ちくたびれたぞ健康診断

最終同意を終えてから間もなく健康診断を行うことになった。
健康診断からは今までよりもちょっと離れた病院で行うことになる。
予約の時間前に病院に着くと今田さんが既に到着しており怪獣父を待っていた。

病院はかなり込み合っており、事前に少し待ってもらうと告げられた。
無論、健康体の怪獣父的には待つことに問題はなく、今田さんと色々話をしながら
待つことにした。

ドナー登録して、候補となるのは登録者の3割程度であることや、
提供を受ける側は、手術に要する費用のほとんどが保険が利かないこと、
従って、移植を受けるのもお金が無いと出来ないのだ。
昔、ジョンQと言う映画があったが、
あれは何も外国に限った話では無いのだと感じた。
ちなみに提供者の方は金銭負担は一切無い。
病院に係る費用や交通費、入院費にいたるまで、提供を受ける側が負担してくれる。
よく、体験談で個室に入るか迷った、という人がいるが、
それは病気では無い自分が個室を占領することへの抵抗感もあると思うが、
提供を受ける側の負担を少なくしてあげたいと言う気持ちもあるだろう。

今回、怪獣父は個室を希望したが、もし逆の立場なら個室を使ってもらうことへの
抵抗や金銭的な負担に関しては問題にすることは無いと思ったからである。
ただ、これは人によってかなり感情が違うと思われるので、
何が良くて何が悪いかは誰も判断できないと思う。

今田さんの話では最近登録者は増えてきて、
皮肉にも芸能人の方が血液由来の病気であったり、
亡くなったりすると登録者が増えるそうで、
白血病で無くなった芸能人の方々は最後に大きな役割を果たしているのだと感じた。
また、肉親がいない方が登録をすることも多いらしく、
自分の血をどこかに残したいと言う思いは強いのかもしれない。

かなりの時間を今田さんと話していたが、一向に呼ばれる気配は無く、
時間だけが刻々と過ぎていく。
骨髄ドナーは優先的に見てもらえるらしい話を聞いていた怪獣父も、
あまりの時間経過に腹は立たないが少々疲れてしまった。

2時間ぐらいが過ぎた頃にようやく呼ばれて、先生とご対面。
採取する骨髄液の量や麻酔の方法、問診や質問などがあり、
血液の検査を再度することになる。
この検査で麻酔に対するショックや異常が無いかを判断し、
問題が無ければ、その日のうちに自己血の採取となる。

血液の検査が出るまで、麻酔量を決めるために肺活量の検査などを済ませて、
再び呼ばれるのを待合室で今田さんと待つ。
もし血糖値が低いとしたら、それは病院で待ちすぎたせいだろう、などと考えながら、
異常が無くて、今日で第1回目の自己血が採取できることを願うばかりである。



前回の記事の中で自己血などという言葉が出てきておりますが、
少し解説を加えたいと思います。
骨髄移植の際、当然の事ながら血液の量が減りますので、
あらかじめ手術前に自分の血を抜き取っておいて手術中に輸血します。
その血を取る過程を自己血採血といいます。
量は採取する骨髄量によって変わりますが、
怪獣父の場合1リットル以上の骨髄を採取する予定でしたので自己血の採血は800ml
通常の献血が1回400mlですから2回分と言うことになります。
無論、1回で取ることはありません。手術日から逆算して間隔を空けて2回に分けて取ります。
ただ、1ヶ月くらいの間でこれほど血液を取ることは通常ありませんので、
必ず採取前に血液検査を行い異常ないかを確認します。

今回、健康診断で行った血液検査は麻酔へのショックやアレルギーの有無を調べることと、
自己血の採血が出来るかを確認するためのものです。
他の地域では手術前健康診断と第1回の自己血採血を別の日にすることもあるようですが、
怪獣父の場合は健康診断と1回自己血採血は同じ日に行う予定でおりました。

あと、麻酔についてですが、麻酔は全身麻酔で行います。
最初のほうで血縁者間での死亡例があったことに触れていましたが、
これらはいずれも局部麻酔でも手術中でのものであり、
今田さんの話によると全身麻酔のほうが不測の事態に対して対処がとりやすいため、と
教えてくれました。
まぁ、もちろんそんなことにならないことを祈るのみなんですけどね。
なので、健康診断の際には麻酔医の診察も受けます。
血液検査の結果といくつかの質問に答えて終了ですが、
麻酔医としては健康な人に全身麻酔をかけることには抵抗があると話してくれました。
今まで麻酔と縁の無かった人に麻酔をかけるんですから、
事前に調べているとはいえ当日どんなショック症状が出るか分かりません。
なので、やはり抵抗があるというのは率直な感想なんだろうと感じました。

結局、この日の検査では異常が無かったので、
無事健康診断に引き続き自己血の採血を行います。
当然、献血の時に使うような機械が登場するのだろうと思っていたら、
看護士さんが持ってきたのはハカリ!
怪獣父が横になって血を抜いている間、
看護士の方は輸血用パックを手でグニグニ押しながら、
ハカリに何度も乗せて血液量を計測していました。

全部の過程が終わったのが午後2時くらい、
病院に来たのが朝9時だから5時間くらい病院にいたことになります。
具合も悪くないし腹も立つ元気も無いけど、とりあえずお腹がすいた!
今田さんは何度も何度も謝っておりましたが、
別に今田さんが悪いわけでもないのでそんなに謝らなくても良いんですけどね。
とりあえず、第2回の自己血採血の日を決めてこの日は帰宅します。
帰る途中で食べたラーメンとライスがおいしかったなぁ。



2回目の自己血は前回とは打って変わって超スピーディ!
流れるように作業は進み、あっという間に採血になります。
また、ハカリでするのか・・・と思っていたら、看護士さんが持ってきたのは、
献血の時によく目にするあのマシン!
やっぱりここにもあったんだ、と思っていたら、
看護士さんいわく最近入ったばかりで使い方が良くわからない人が多いそうだ。

今回の看護士さんも、ちょっと手間取りながら採血をスタートしたが
それでも機械のほうが断然早い。
この前はなんだったのかと思うほどのスピードで採血が終了しました。
血液の量が若干足りないとのことだったので、増血剤を頂いて病院を後にする。
今回は同行していない今田さんに終わりましたコールをすると、
前回のことがあったので病院には財団から電話を入れていたと教えてくれました。

何かクレーマーのようで嫌な感じもあったが、
今後の人のことを考えると良いことかもしれません。

あとは入院を待つのみ、実は怪獣父、
今までに入院経験が無くて入院初体験。
初めての入院が自分の病気じゃなくて、
人の役に立てるならありがたいことだと感じながら入院の準備をします。
体験談によると挿管による影響で喉が痛くなると言う話があったので、
ノド飴を買ったり暇つぶし用の本を用意したり
新しいDSソフトを買ったりと気分はちょっと小旅行です。
不謹慎なのは判っていますが、健康体だから仕方ないと言えば仕方ないですよね?

入院は問題が無ければ3泊4日、仕事の都合もあり休むのもそれが限界でした。
たまたま退院の日が週末と重なりそのまま休みに入るので
怪獣父としては体調がどうなるか分からなかったから都合は良かったです。

怪獣たちが一生懸命かいてくれたお手紙を持ち、
応援メッセージと写真を携帯で撮ってから初めての入院に挑戦です!
初めての入院に『むふふ』なアクシンデトを想像してしまうあたり、
情けなくもありますが、悲しい男の性(って怪獣父だけかな?)
なにはともあれ、無事に骨髄を採取して退院できますように!

第5章 ドキドキの初入院

入院日、予定の時間に病院に行き、今田さんと合流、
入院の手続きをして、病室に案内される。
用意された個室に入り、持ってきた荷物を片付ける。
間も無く看護士が現れ、病衣を持ってきてくれた。
入院に当たっての書類や聞き取りなどがあり、
暫くは時間がつぶれるが、すぐに暇になる。

午前中の入院で、とりあえず昼ご飯までは時間がつぶれたが、
その後は、時折麻酔医の問診や看護士による血液の採取などがある程度で、
自分以外に誰もいない部屋でテレビを見るか、本を読むか、DSをするぐらいしかなかった。
昼寝でもしようかとも思ったが、体が疲れてない上に夜に寝られなくなると困るので、
そのまま起きて時間を潰していた。

病院内をウロウロしたり、売店に行ったりしたが、それほど時間は潰れず、
手術に向けてのしおりを読み返したり、訪れた看護士さんと話をしたりしていた。
看護士さんは一様に『ドナー提供するなんて凄いですね』と言っていたが、
自分の中にそれほど凄いという感覚がなかったので『はぁ、そうですか』ぐらい
の返答しか出来ずにいた。
あまり、凄いを言われるとそんなにどえらいことなのか?と言う感情が芽生えてきて、
若干、恐怖を感じたが自分の力でどうなるものでもないので考えるのは止めることにした。

あまり美味しいとは言えない晩ご飯を食べて、夜9時以降は絶食となる。
9時5分位前にお茶をがぶ飲みし、体の渇きに備えて消灯時間を待つ。
怪獣父のムフフな想像によると、今夜くらいにアヘヘな出来事が
起こっても不思議ではないのだが、当然の事ながら何も無かった。
体験談では、夜緊張のために眠れなかったと言う意見も多かったが、
怪獣父の場合、昼寝しなかったこともあり、消灯と同時に眠ることが出来た。
枕が替わっても、状況が変わっても、眠ることの出来る体に感謝しながら、
いよいよ、手術日の朝となる。

朝の6時くらいに看護士が採血にやってくる。
寝起きの注射は目が覚めるかと思いきや、注射終了と同時にまた爆睡、
しばらくして血圧・体温の測定でまた起こされて、また寝る。
他の用事でも看護士が何回か訪れ、そのたびに寝ては起きることを繰り返し、
看護士には『凄い』とこれまたお褒めの言葉を頂いた。
手術時間は朝9時。
いよいよ、その時間が迫ってきた。



手術日の午前8時、病院に怪獣母と怪獣母母が来てくれた。
手術が終わるまでいてくれると言う、特段心ぼそさは感じていなかったが、
いてくれると言うのはとても心強かった。

8時半くらいになって手術室に歩いて移動する。
初めての手術、緊張は特に無く、体験談で読んだような浣腸もなかった。
病院や個人の状態によって、変わるのだとは思うが、
浣腸があるよりは、無い方が良いに決まっている。
さきほど装着したT字帯(ふんどしのような布)が妙にスースーする。
病院によっては、パンツで手術室に行って終わったらT字帯と言うところも
あるらしいが、怪獣父の場合は事前装着であった。
手術室に入る前で怪獣母たちとはお別れ、手術室の前の場所で
入って良いと言われるまで少し待つ。
やがて、手術室に呼ばれストレッチャーの上に横になる。
目線の先にはドラマで良く見る、照明の化け物みたいなのがあり、
麻酔医の先生が『緊張してませんか?』と声をかけてくれる。
全く緊張していないと言えば嘘になるが、かなり穏やかな心境であったし、
落ち着いていたと思う。
中には、なれぬ手術室の様子に動悸が激しくなる人もいるそうだ。

自己血のパックが自分の物であるかを(パックに署名してある)確認し
麻酔医の先生が麻酔の準備をする。
まず最初に注射での麻酔、痛いですよ、と言われたがそれほど痛くは無かった。
『どんどん意識が遠くなります。意識が無くなったら違う麻酔をかけます』と言われる。
注射をしてから1分くらいは何でもなかったが、徐々に先生の顔が2個3個と増えていく、
幸い、綺麗な女性の麻酔医だったので、増えてもご機嫌になれたのは運が良かった。
くだらない事を思っているうちに、完全に意識はなくなっていた。

意識が無くなってからは、導尿されマスクされ手術台に移され、
3箇所の場所から300箇所くらいの穴を開けて少しずつ骨髄を抜いていたのであろう。
怪獣父が起こされたのは、9時に手術室に入ってから2時間後の11時だった。

第6章 未体験の痛み

手術前に財団の今田さんから『もし骨髄採取中に異常があった場合は、
予定量が取れなくても手術は中止になります。』と言われていた。
名前を呼ばれ目が覚めたとき、目に入った時計の時刻は11時、
無事に終わった事が理解できた。

看護士さんが予定通り取れましたよ、と教えてくれた。
まだ、麻酔が残っているので意識や感覚がハッキリしない、
採取箇所もドーンと重たい感覚があるだけだ。
体験談にあった通りノドが痛い、ストレッチャーに乗ったまま病室へ戻る。
部屋に戻ると怪獣父父も病院に来てくれていた。
酸素マスクをしているのに息苦しく感じる。
早く何か飲みたいがまだ許可は出ていない。
体全体に鈍痛があり快適とは言えない状態である。
痛みは強くは無いが何せノドの痛さと渇きが辛かった。

怪獣父父と怪獣母、怪獣母母たちで何か話しているのが遠くで聞こえる。
ちょっとダルさを感じていたので寝ることにした。
看護士さんに起こされて目が覚める、
酸素量をチェックして問題なければマスクが取れるそうだ。
頼むから取れてくれと願う、次の瞬間、看護士さんが『大丈夫ですね』と言ってくれた。
マスクが取れれば飲み物を飲んでも良いとの事、怪獣母に頼んでお茶を飲ませてもらう。
用意したのど飴を舐めながらゆっくりと体を起こす。
寝ているよりも採取箇所が当たることは無いので少し楽な気がした。
時間の経過と共に痛みの箇所がハッキリしてくる。
採取箇所は痛むがそれほどでもない、何かが当たるような事が無ければ、
それほどの痛みではなかった。

最も痛いと感じたのは『導尿』である。
これは痛い、ハッキリ言って今回の移植で一番辛かったのはこの導尿だろう、
体を動かした時に自分の意思とは関係なく
膀胱から直結された管に排尿される感覚は不快だし、
何かが管に触れようものなら耐えがたい激痛がビリビリと体中を駆け巡る。
入院をしたことの無かった怪獣父は勿論導尿も初体験、
普段から健康体の怪獣父は改めて自分の体を褒めてあげたくなるほど辛かった。

T字帯の隙間から管につながった所を見てみたが、
ため息が出るほど悲しいさまで涙が出そうになった。
入院中の良からぬ妄想の罰が当たったかのように悲惨な光景だった。
マスクが取れた今、怪獣父の次なる願いは一刻も早く管が抜けること、
早くこの導尿地獄から抜け出したくて仕方なかった。

看護士さんが来て『痛くないですか?』と聞かれ『導尿が痛い』と答えると、
驚いたような呆れたような口調で『そっちか〜』などと言われてしまった。

そっちである。

傷口なんて導尿に比べれば屁のカッパ、もうよこしまな気持ちは微塵も無くそっちである。
1にそっち2にそっち3,4が無くて5にそっちである。

怪獣父の決死の訴えが実を結んだのか、
看護士さんの何度目かの訪問で管が抜ける事になった。
看護士さんが管を引っ張るたびに痛みがこみ上げる、
ビックリするくらいの長さが抜き取られると(別に自慢しているわけではない)
ようやく開放された気分になった。
『トイレに立つ時は少しふらつくかも知れないので気をつけて下さい。』と言われたが、
あの痛みに比べればふらつきや採取箇所の痛みなど
蚊に吸われたほども感じない、などと思っていたが、
初めてトイレに立った時はいきなりふらついた。(笑)

しかもオシッコをするときは超激痛!しみるのなんのって、
普通にオシッコできるってありがたい事だと痛感した。
3時くらいにご飯が出てモリモリ食べると、
安心したのか夕方に怪獣母たちは帰っていった。



夕食前の時間に今田さんが来てくれた。
なんでも術後のアンケートを取らなければならないそうで、
質問に答えていたが、その痛さは10段階でどのくらいか?などと
微妙に細かい質問が多く、ちょっとイラっと来た。
そもそも痛さの程度は人によってかなりの差があるし、
怪獣父の10が人によっては1かもしれないし、またその逆もあるかも知れない。
痛さを10段階で聞き取ることには何の意味も無いと思うので、
もし、このブログを財団の人が見ているとしたら再考してもらいたいものである。
もっとも、このアンケート方法が今田さんのみが採用しているなら別に良いですけど。

しつこいようだが怪獣父の場合、どこが痛いかと言えば『採取箇所』と『ちんちん』で、
採取箇所は『またドナー提供しても良いかな』と思えるくらいの痛さ、
で、『ちんちん』はシッコしに行くのが憂鬱になるくらいの痛さ、であった。
ふらつくことはあったが、時間の経過と共にみるみる良くなるし、気にならない。
ノドの痛みもふらつきと同様に時間が経てばどんどん良くなっていった。

夕飯を食べて、その日はシャワーも浴びれないので暫くテレビを見て寝た。
翌日、朝から看護士さんが血圧と体温を測りに来てくれた。
この日は完全休養日、特にすることもないし、ただベットの上でゴロゴロするだけ、
明日は何事も無ければ退院なので、3泊4日の入院生活もあっという間である。
今のところ、体に特に異常は無く明日には退院できそうな感じ、
傷口を見に来てくれた看護士さんも『きれいですね』と言っていたので問題はないようだ。
本を読んだり、テレビを見たりDSしたりして時間を潰す。
どうせなら、今日アンケートを取りに来てくれれば、もっと寛大な気持ちで答えれたのに
などと思いながら誰も来ることの無い入口を見つめたりする。
たまに来る看護士さんには『凄いですね〜』と褒められるものの、
それ以外の会話は無く、引き止めるのも忙しいのに悪い感じがして人恋しくなる。
本当に何もない休養日となり、いよいよ退院の日を迎えることになった。

朝、今田さんが病院に来てくれて退院の準備をする。
看護士さんが傷口の絆創膏を外してくれてスッキリした。
もう、傷口も乾いているし綺麗なので問題ないとのこと、
聞いた話でもう少し絆創膏が取れるまでに時間がかかるようだったので、
運が良かったと思う。
病室を出てナースの方たちにお礼を言い、
病衣代などの本当の雑費を支払う、
ちなみにこのお金は財団から貰った5千円で充分間に合う。

今田さんと玄関でお別れの挨拶をして、家路につく
久しぶりに太陽の下に出ると少し刺激がきつい感じがしたが、
雨よりは当然良い、2・3歩くと少しふらつく感じがしたが、すぐに治った。
家に着くと帰り時間にあわせて怪獣母が会社を抜けてきてくれていた。
用意された布団に感謝しながら、すこし眠ることにした。
当たり前だが、やっぱり自宅の布団は気持ちよい。
病院とは違う心地よい昼寝をする事ができた。

第7章 骨髄移植を終えて

退院後は2日程度で排尿時の痛みも消え、
採取箇所の痛みも2週間程度で収まった。
手術日から1週間ごとに今田さんから体調確認の電話があり、
3週間経つと術後の健康診断が行われる。
血液検査をして、問題が無ければこの日をもってコーディネイトは終了となる。

問題ないであろうことは、日々の生活からも察知できていたが、
病院で問題ない、と診断されるとやはり安心する。
最後に担当医からこんなことを聞かれた。
『骨髄提供をしてみて、何か提言はありますか?』

怪獣父は提言を出来るほど偉い人間ではないので、簡潔に意見を述べたが、
この骨髄ドナーになってみたシリーズを締めくくるべく、
最後に怪獣父が感じことを書き連ねて終わりとしたい。


手術を終えて思ったことは、やってよかった、の一言である。
恐らく、もう一度機会があればしてみたい気持ちはあるが、
我が家の怪獣たちに万が一のことがあったときの為に備えておきたい。

もし、健康な男子で環境が許す人であれば、どんどん登録して欲しいし、
ドナー提供に踏み切ってもらいたいと思う。
痛さは一時的なものだし、時間が経てば手術したことさえ忘れてしまうほど、
問題のない日々を送ることが出来る。
確かに数例ではあるが後遺症が残るようなこともあるが、
健康体の人間が後遺症が残るほどのダメージを受けることは考えずらい。
(それでも可能性としてはゼロではないので不安な人は止めたほうが良い)

ただ、女性の場合は止めたほうが良いような気がする。
決して女性を差別するわけではないが、特にこれから妊娠を望んでいたりする人には
お勧めは出来ない。
体にかかる負担は一時的なものではあるにせよ、体力的に厳しいものであるし、
生理がある女性の人は手術日を決めるにも、自己血採取の日を決めるにも制約が多いであろう。
(この辺は怪獣父の推測なので、女性の体験談を参考にしたほうが良いと思う)
生理不順な人が提供するとなれば、なおさらハードルは高くなると思う。
もし、怪獣たちが大人になってドナー提供したいと言ってきても、
1号は反対しないが、2号については反対すると思う。
結婚して出産や子育てを望んでいる人は、まずはそちらに全力を傾けたほうが良いと感じた。

もちろん、女性でドナー提供した人を否定しているわけではない。
女性でドナー提供されている方々はとても勇気ある決断を下したと思うし、
ただ頭の下がる思いである。

人の為に時間と体力と危険を冒して、提供する事は凄いボランティア精神だろう。
ただ、提供している人たちには、あまりその認識はないのではないだろうか?
事実、怪獣父も凄いことをしたと言う実感は未だに無いし、これからも無いと思う。

背中に残る3つの注射針の後がドナー提供したことを物語っている。
自分のしたことによって、他の誰かの命が助かったかもしれない、と言う
純粋な喜びは、今までにない満足感を自分に与えてくれたと思う。
誰もが出来ない貴重な体験を出来たことは怪獣父にとって
大きくプラスになったと強く思う。



(おまけ)

本当は前回で止めるつもりでしたが、
どうしても気になることがあったので『おまけ』と言う形にしました。

ドナ・ドナーシリーズを更新している間に市川団十郎さんが
骨髄移植を受けると言うニュースがテレビで放送されておりました。
レポーターが『手術はいつですか?』質問すると、
『これからお医者さんと相談して決めます』と団十郎さん
そりゃ、そうだ手術日なんて提供者に気づかれるから
テレビで言えるわけないじゃん、と思っていたら提供者は妹さんだったようで、
まぁ、それならテレビで手術日を言っても問題は無いのかな?

で、気になった事と言うのは、この提供した方もされた方も
お互いを知ることが無い、と言うシステムがいかがな物か?という点なんです。
確かに、提供を受けた方の体調の問題で難しい面はあると思いますが、
もし、無事に移植が成功して元気な体になっているのなら、
純粋に会ってみたいと思うだろうと思うんですよ。

もちろんいきなり会うのではなくて、何回かの手紙のやり取りをした上で、
双方が望めばの話になるんですけど、そういう機会があっても良いのかなと。
今田さんの話だと実験的にそのような取り組みもなされているようですけど、
やっぱり、それが一般化するのには時間がかかるのかなぁ、
今は手紙のやり取りが術後1年以内に2回(3回だったかな?)までは
認められていますが、それも財団で内容を確認して問題が無い物に限られます。

会わなきゃ良かった、と思うこともあるのかもしれないけど、
もう少し、選択の幅が広がると良いと思うんだけどなぁ。
自分と同じ血液の型を持った人がどんな人なのか、
もう一人の自分がいるような感じで興味あるんですよね。
あっ、こういう興味本位だとダメなんですかね。
密かにドッペルゲンガーみたいな感じがするんじゃないかと思っているんですけど。
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