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ドナー体験記

骨髄移植ドナーになりました。〜骨髄移植体験記〜
登録の保留解除

(2008年6月18日)

前回の骨髄提供から1年が過ぎた頃から、「再登録」について気になっていた。
財団の説明だと、「骨髄提供後は1年間保留」となり
期限がきたら登録の意向を伺うとのことであった。
その「提供後」が提供日なのか
やり取りをすべて終えたコーディネート終了日を指すのか
よくわからないまま、そのうちお知らせが来るのだろうと考えて日が過ぎていた。

そんなある日、中央骨髄データセンターから「登録状況のご連絡」が届いた。
記載内容を見てみると「保留解除予定日」がずっと先の日になっている。
これって、保留状態のままってこと。

今年の3月で骨髄を採取してから1年が経った。
保留解除については気になっていたことなので、財団に問い合わせてみることにした。
財団の方では1年経ってすぐに案内を出したとのことだったので、
こちらで見落としたのかな。
もう一度送付してもらうことにした。

再登録

(2008年7月7日)

数日前に財団から「ドナー登録意思確認書」が届いた。
再登録ということで、気持ちを新たにいろいろと記入して郵送した。
そして、7月4日付で「今後のドナー登録について」の文書が届いた。
今後のドナー登録について、「継続とさせていただきました」にレ点。
HLA型が一致した患者さんが見出された際に改めて案内が届くということだ。

適合の通知

(2008年7月12日)

昼に郵便物が届いた。
骨髄バンクニュースと一緒にもう一通、財団からの封筒。
オレンジ色の「重要」「親展」の文字の入った封筒だ。
「登録の書類の続きかな」「まさかコーディネートじゃないよね」と
思いながら開封すると、「骨髄コーディネートのお知らせ」だった。

再登録から1週間も経ってないのに。なんというタイミング。
まだ一候補としてリストアップされただけなんだろうけど、ゾクゾクっとした。
1回目のわくわくとはまた違う感じ。
心の中で「そのうち合う人も出てくるのだろう」と漠然と思っていたところへの
不意打ちのような感触に、再登録からの短い時間の中でマッチした
運命的感覚とが入り混じった。

妻に話したところ、やっぱり驚き。
「もう少し間を置いた方がいいんじゃない」が第一声。
やっぱり心の準備ができてないよね。
でも、不意打ち感よりも運命的なタイミングが勝る。
同封の文書を読み、コーディネートの希望で送付することに決めた。
夜に再度同封の文書を読み、前回に残していた記録や郵便物も読み比べ、
その意思を固めた。

しかし、こんなに早く選ばれるというのはどういうことなのか。いろいろと考えた。
このまま提供となれば2回ということで、今後財団の方針に変更がない限り、提供はない。
では、わが子や家族に対して提供の必要が出てきたら、自分の身体はだいじょうぶなのか。
わが子や家族に、もしものことがあったら何としてでも助けたい。
2回目をもう実施していいのか。

ただ、頭の中で考えていてもどうにもならない。
確認検査の機会もあるので、「2度目」の不安を取り除いていこうと決め、
「提供意思確認書」を送った。
今回はどうなるかな。

コーディネート開始

(2008年7月16日)

夜にコーディネーターさんから電話が入った。前回のコーディネーターさんなので
番号登録してあり、すぐに今回のコーディネートのこととわかった。
前回、そして研修会でも会っているので親近感を感じる。
「今回もお願いします!」の言葉に「前回と同じでいいよ」と
あっさりとかえしてしまった。
まだ決まったわけじゃないのに。

今回は調整医師が前回のK病院とは異なるC病院の医師。順番でもあるのかな。
そのちょっとの不安を察知したのか、
「最終候補になったらどこの病院でも決めてもらっていいですよ〜」と言われた。
できれば前回同様、T先生が採取してくれるならK病院だな。

確認検査の日程は水曜日か金曜日が都合がよいとのことだった。
前回は2週間くらい余裕をみてほしいと事前に言われたので、
今回もそうかと思ったら、来週でもいいですよとのことだった。
夏場は仕事がたてこんでくるので、早く検査を済ませてしまいたい。
仕事の予定を見てから返事しますとこたえた。

翌日、早速コーディネーターさんに電話した。確認検査の日程調整だ。
仕事の予定も確認してこちらの希望を伝えた。
「病院に確認しますね〜」ということで電話を切り、数分後、電話がかかった。
希望通りの日時で決定とのこと。なんと早い調整!こちらとしては、すごくありがたい。
早くパタパタと進むので、ちょっと気持ちがついていってないかな。
2回目で楽観視していることもあるのだけどね。

確認検査

(2008年7月23日)

確認検査の日。9時にC病院だが、まず職場に行き時間前の仕事をして
頃合いをみて時間休で退社した。
まだ上司には話していない。最終候補になってからでいいや。

病院には10分前に着いた。早いかなとも思ったけど、
まぁ待っていればいいだろう…と中に入ると、コーディネーターさん発見。
調整医師のところへ行くこととなった。
通路でいろいろと話をした。「よっぽど求められているんですね〜」と
採取後1年4か月での適合に驚かれたが、保留解除から1週間だと話すと
さらに驚かれた。
前回の採取でHLAはしっかりとわかっているのだから、
よほど稀なケースなのかなと勘ぐってしまう。
プレッシャーにしないためか、コーディネーターさんはいろいろと声をかけてくれる。
ありがとう。

ほどなく調整医師の部屋へ。
こちらが2度目、しかも前回からそれほど経っていないことを話し、
すぐにこちらの不安に思う点などを聞いてもらった。

不安に思う点として、採取部の骨の状態について。
1回目で刺したところは確かに骨が復活する。が、骨折と同様に
太くなったりしているのではないか、そこにまた刺してだいじょうぶか?と訊いた。
答えとしてはだいじょうぶということだが、レントゲンではわからない程度で
凹凸ができているとのこと。
そのため、2回目の採取は1回目に比べて採りにくいこともあるらしい。

それから、財団の説明書では、「血縁者・非血縁者関係なく、2回で保留とする」
としている。
前回の説明書では「骨髄バンクにかかわる場合、2回まで」だった。
これって、バンクで2回採取したあと、血縁者に提供することがあっても
財団は関係ないよってことですか?と聞いてみた。
実際は、関せずという姿勢らしい。
もちろんその時の医師なり病院がOKするかどうかの判断だと思うけど。
まぁ、海外のバンクともつながりがでてくると、回数が増えることに
慎重にならざるをえないらしいけどね。
ということで、「3回目」も議論にはなっているものの、慎重な姿勢らしい。

2回目に対して追跡調査をしてほしい旨も伝えた。
自分のためでもあり、財団のためにもなるはずだから。
2回採取した人の数は現時点で300人強。
30万人の登録者のうち、9000人強が提供に至った。そのうちの300人強が複数回。
こうやってみると「当たる」人は特定の人になりやすいのかな。やや憂鬱。

その後、問診を経て血圧を測った。134の86。バッチリ。よかった。
血液検査を終えて、あとは結果待ち。どうなるかな。
コーディネーターさんの話だと順調に進めば、採取時期は10月から11月、
まぁ年内には終わるでしょうとのことだった。どうなるかな。

病院の希望は、K病院とC病院をこちらから指定した。
C病院の医師の前でK病院でお願いしますとは言えないなぁ。
ただ、追跡調査や前回との相関を考えるとK病院でT医師に採取してもらうのが
いいのじゃないかと思う。その辺も伝えた。

検査の結果

(2008年8月2日)

昼から泊を伴う仕事で出かけるときに郵便が届いた。
血液検査の結果だということはわかっていたので、あまり驚きはなかった。
一応開けてみると、やっぱりそう。
「問題なし」にチェックが入っているのを確認して、そのままにしておいた。
妻は「選ばれた?」と早合点。
でももう数日で何かしら案内が届くのだろうな。

翌日、仕事から帰ってきて一息ついてから、封筒を確認した。
血液検査はどれも異常なし。
念のため前回の検査とも比較してみた。
前回よりもなんだか健康体になっているみたい。
ありがたいことです。

候補待ち

(2008年9月3日)

あまりにも連絡がないのでコーディネーターさんに電話してみた。
確認検査の実施から1か月半もたっている。
「財団からは何も連絡がないので、もうしばらく待って」ということだった。
冊子にも確認検査から1〜2か月となっていたので、まだ範疇なんだけどね。
それでも、待つ身としては途中経過がほしいなぁ。

最終候補になる!

(2008年9月4日)

夕方にコーディネーターさんから電話があった。
昨日の今日だったので何かしら財団に聞いたのかな?と思いながら、
電話の向こうで恐縮しているコーディネーターさんの声。
「昨日の今日なんですけど・・・、最終候補になりました」
何か変化があるかなとは思っていたけど、こんなにあっさりとは。

患者側の希望日は11月の第×週。
コーディネーターさんからは「前回から日も経っていないですし、
家族に不安があれば辞退されてもいいですよ」と言われた。
「妻には話してあります。OKです。ただ、親にはこれから話をします」と答えた。

実際どう反応するかちょっと不安。
「数日してから電話しますね〜」ということで電話を切った。
妻に話すとやっぱり驚かれた。適合率の高さだな。
まぁ、人のためになるなら自分ではできることをすればいいと思っている。

前回と同じ病院と担当医師にならないかなぁ。
ついでに、採取部分の検査・研究もできないものか。
確認検査で調整医師から話してもらった「穴のあいた骨は再生するが、
確認できない程度でデコボコになっている」というのが気になる。
前回からの期間も短いし、自分がちょうどいいサンプルになるんじゃないかなぁ。
その辺、今後のためにも調べてくれればいいのに。

家族の同意

(2008年9月5日)

同意自体は妻の承諾があればいいのだけど、やっぱり両親にもOKをもらいたい。
ということで両親に自分が最終候補となったことを話した。
母親は「なんでそんな続けてなる!」とやや悲しい表情。
まったく反対というわけではないけど。
「1度やっても身体はなんともなかったやろう?」と言っても
「1度と2度は違う!」と返答。
まぁ、親ならそんな反応するわな。
自分を思ってのことと解釈していたときに父親が来て「いいことだ」とかえしてくれた。
父親は献血も何度もやっていたので、その辺の姿勢は自分と似ているのだろう。
とりあえず了解はもらった…な。

コーディネーターさんに確認しておきたいことをまとめてみた。

■ 説明用DVDを借りる
誰かに見てもらうというより自分が見ておきたい。
やっぱり自分の口でしっかり説明できるようになりたい。
DVD以外にも資料があればほしいなぁ。

■ 採取はC病院
やはり一度採取している病院で採取してもらいたい。
1回目からの経過も可能なら調べてほしいし。
骨の状況とか調べてくれないかなぁ。

■ 採取日をずらせないか
当初の希望日に仕事が少しかかっていることがわかったので別の週にならないか。

■ 最終同意はいつ?
妻の代休が22日(月)にあるので、そこにもってこれないか。
調整医師は水曜日か金曜日が都合がいいみたいだけど。なんとかならないかなぁ。

動き出した

(2008年9月6日)

財団から文書が届いた。「最終的なドナー候補者に選ばれた」とのこと。
コーディネーターさんから電話で聞いていたけど、これで一応正式に
最終候補となった感じだ。
夕方にコーディネーターさんに電話をいれた。
妻と両親から承諾をもらっていることを伝え、「お願いします」ということで。

あと、こちらの「要望」を伝えた。
最終同意の日についてはこちらの希望を尊重するとのこと。
調整医師を替えてもOKらしい。
また、採取日は11月の×週目にならないか確認してくれるという。
「仕事で…」というのが心苦しかったけど、だめならしょうがないという前提で
お願いした。
あわせて、病院と担当医師についてもK病院・T先生でお願いしたいと伝えた。
前回と同じ環境の方が自分にとっても病院にとっても財団にとってもいいと思う。

一ドナーが財団の今後の方向についてまでいうのもおこがましいと思ったけど、
やっぱり1度目から2度目、そしてそれ以降のフォローをしていかなければ
ならないと思う。
そして、DVDも送ってもらえることになった。
もっと勉強して自分の口で説明できるようにならないとね。

翌々日の夕方、コーディネーターさんから電話があった。
最終同意について、こちらの希望でOKとのこと。
採取についても、こちらの希望でもよい可能性が高いとのこと。
K病院で採取だ。トントンと話が進んでいくなぁ。

さらに数日後、財団から封筒が届いた。最終同意の案内の書類。
すでに電話で内諾済みなので、確認用って感じだな。
調整医師は別の人になっていた。
元々の調整医師が水曜日か金曜日でないと動けないといっていたところを、
こちらの都合で月曜日にしてもらったためなんだろう。
融通がきくということはありがたい。

最終同意

(2008年9月22日)

最終同意の日。
妻と2人で予定の時間少し前にC病院に行った。
待合室ではコーディネーターと立会人がお出迎え。立会人も前回と同じ人だ。

確認検査のときと同じ部屋に行き最終同意の始まり。
前回とは特に大きな変更もないので、それなりに淡々と進んだ。
それでもコーディネーターさんは和ませるよういろいろと話をしてくれた。
調整医師はちょっと威圧感を感じる人だぁ。
まぁ特に質問もないので、こちらとしてはさっさとサインしてしまおうと思った。

採取箇所の骨については「全然だいじょうぶでしょう」と
確認検査時の調整医師とはやや違う(大同は変わらないけど)見解。
2度目ということについても、結局は個人差みたい。
全身麻酔については、前回大丈夫だったのならなんともないでしょうとのことだった。
結局は身体に合う体質か合わない体質かが影響するのかな。

調整医師がいないときにドナー登録者の話もした。
登録者は30万人を超えた。累計だと40万人。これまでの採取例はもうすぐ1万件。
てことは登録すると40分の1で採取に至るということだ。
確認検査のお知らせが届く人はそれ以上いるから、そんなに低い率ではないだろう。
2度の経験者は約300人。これはさすがに少ないか。
すぐに2度目がくる人もいるし十数年ぶりに来たという人もいるみたい。

採取については、11月×日にK病院で採取ということで内定。
前回の担当医師だったT先生は業務の関係で最近は担当していないみたい。
でも前回同様にしてほしいなぁ。
最終同意は約1時間で終了。
帰り際、立会人の方から冬にあった研修の話を切り出された。
「コーディネーターはナビゲーター」と言った自分の言葉が印象的だったとのこと。
コーディネーターからも「ナビがんばります!」とのこと。
まあ一度経験しているのでそれほど自分自身は心配していないけど、
ナビしてくれるとありがたいです。

周囲への報告

(2008年9月26日)

職場や友人にドナーであることを明かした。心配してくれる。
まだ身近にドナーそのものの例がないのに2度だからね。ビックリすると思う。
広めていかなきゃ。

財団から書類が届くのを待って特別休暇の用紙を部長そして人事課に持っていった。
部長は…わかっていないかな。人事課の担当は前回のことも知っているので
書類を快く受け取ってくれた。
これから周知々々。

健康診断

(2008年10月6日)

健康診断の日。
数日前からノドがイガイガしている。右の鼻もアオバナだし。風邪かなぁ。
予定の15分前に到着して、コーディネーターさんと早速検査に向かった。
まずは血液検査と尿検査。すでにたくさんの順番待ちだったので、
尿をとってから先にレントゲンに行った。これもすぐに終了。
結局血液検査の待ちが長かった。血液は病院用の4本+バンク行きの2本。
久しぶりに針を刺したら長く感じた。

次に、心電図とスパイログラフィへ。前回はこのスパイロで延々と待たされた。
今回はなんと心電図の前にスパイロ。
担当の先生も軽やかに説明してくれて、あっさりと終わった。
終わり際に「ドナーさんなんですね。ありがとうございます。」の言葉。ありがたいです。
心電図もすぐに呼ばれ、そしてあっという間に終了。早いぞ。

それから血液内科で動脈血採取。この病院用の検査。15分程静かに待ち、
それから採取。感じとしては、イタイ。針を刺しましたというそのままの痛みだった。

その後、T先生のところへ。
「またですね〜」「よろしくお願いします」とあいさつをすませ、
検査の内容をみると、なんと白血球の数でひっかかってしまっていた。
風邪気味なんです、というと、う〜ん、それが原因かなぁ、
まあ放っておいても下がるでしょう、とのこと。再検査だぁ。

続いていったん麻酔科へ。ビデオを見たあと先生のところへ。
こちらの問診票のことに丁寧にこたえてくれた。
昔に比べて麻酔の質もあがっているとのことで、「覚めがよくない」ことは
少なくなってきているみたい。やってみないとわかりませんけどね、とのことだった。

そして再びT先生のところへ。やっぱり白血球だけだったみたい。
いつもそんなに高くないのに。風邪とここしばらくの疲れか。
なんだか申し訳なくなってきた。患者さんはもちろん、
病院にもコーディネーターさんにも。たくさんかかわってもらっているのに、
自分の体調管理の甘さがあったなぁ。

次回の自己血採取の前にもう一度血液検査をして、OKが出たら
そのまま自己血採取になるそう。2回の自己血採取の日程も調整した。
相手の患者さんは、関東在住の50代の女性だということ。自己血は600ml採る。

今日の日程の終了が11時30分頃。
最後の処理のところは長蛇の列だったので、コーディネーターさんの
「私、しておきます」との言葉をいただき帰路となった。

再検査&自己血

(2008年10月20日)

再検査と自己血採取だ。
予定よりかなり早く病院に到着したので自分で受付を済ませ、
血液検査に行ってしまおうかと思っていたところにコーディネーターさんも到着。

血液検査はほとんど待たずに終了。ただし結果が出るまでが長かった。
T先生からは恐縮されてしまった。まぁ待つしかないので。
40分程待って、ようやく結果通知。
「大丈夫でしたよ」の声に思わず「よかったー」と声に出た。

次は自己血採取だ。
看護師さんに血圧を測ってもらうと136/88。まあまあだ。
採取にあたって看護師さんがいろいろと話しかけてくれた。
「水分はしっかりとってくださいねー」
「仕事は無理しないでくださいねー」
「運転には気をつけてくださいねー」気遣ってもらえるとありがたい。

まぁなんだかんだ話している間に終了。終了時の血圧は126/76。順当です。
看護師と高見先生との会話でも「1回だけのドナーでもありがたいのに、
2回なんて」と話していたので、ほんと感謝されているみたい。
近づいてきましたー。

自己血(2)

(2008年11月X−7日)

2回目の自己血採血。今回も早く病院に入ることができた。
採取場所に行きドナーであることを話し、しばらく待つと中に通された。
しばらくしてT先生も登場。採血となった。看護師さん、すごく丁寧。
血圧は直前が141/96、直後が131/91。ちょっと高いなぁ。
ここしばらくの仕事のことが影響しているのか。あまり心労をひっぱりたくないなぁ。

T先生に体調のことを聞かれたので鼻水が出ることを話した。
ちょっと困った感じだったけど、何かあったらコーディネーターさんに
話してくださいとのことだった。
あっという間に採血が終わり、今日はそのまま終了。
いよいよ来週だ。

その後、近所の耳鼻科に行った。やっぱり鼻水は治しておいたほうがいいし、
薬はきっと4・5日分だから入院直前にはうまくいけば治るかもしれないから。
大学病院にかかるのは先生にも患者にも気にかかることになりそうなので、
やっぱりこれは自分自身のことということで近所のいつも通う耳鼻科だ。
「もともと鼻炎があるからねぇ」ということで耳鼻科の先生には
3種類の薬を処方してもらった。

昼にコーディネーターさんから電話があったので、採血が終わったことと
薬の処方について話した。
夕方再び電話があり、これ以上ひどくなるようなら連絡してとのこと。とにかく治そう。

入院前日

(11月X−2日)

いよいよ明日から入院。鼻水も青洟はだいぶん治まってよかった。
まだ若干つまり気味だけど。
3日間仕事ができないので、引継ぎなどを少ししながら帰宅となった。
怪我や病気なくこの日を迎えることができてほんとうによかった。あと1日。

入院当日

(2008年11月X−1日)

入院の日。父に送ってもらい病院へ。途中、バンクの話などいろいろとできた。
父と話すこともあまりないのでよい機会だったかな。

病院に着くと真っ直ぐ入院センターへ。
手続きをすませて廊下に出るとコーディネーターさんが!後に顔を出す程度と
思っていたのでビックリ、そして申し訳なかった。
前回も自分で手続きをしていたから、てっきり自分でしなければと思っていたのだ。
一緒に病室まで移動した。シャワーもできる個室。ありがたいです。

しばらくして担当医のY先生がみえた。後に主治医のS先生もみえるとのこと。
コーディネーターさんからドナー2度目ですと言われたY先生、少々ビックリ。

午前中、くつろいでいると今日の担当看護師さんがきた。血圧測定と採血。
血圧は126/91。下が高いなぁ。上は120台だったのでちょっと意外。
体温は36.6度、酸素濃度は98%。

夕方になって主治医のS先生が来た。なんだか疲れている?
簡単に説明を受けたけど、う〜ん、
ずっと担当してもらっていたT先生の方が安心感があるなぁ。
カメラで撮影してほしい旨も話した。ちょっと面食らっていたけど、一応OK。

夕食後、看護師さんが来たときに、絶食絶飲のことを聞いたら、
もう一度確認してきますとのことで、さらに後に担当看護師さんが来て説明を受けた。
この辺、1度目のときは事前に何度も看護師さんや担当医師が来て
話してくれたけど、今回ないなぁ。
追って、手術時の寝着を持ってきてくれた。

夜になって妻と親にそれぞれ電話した。来なくていいと言ってある。
こちらの大変そうに見える姿を見せたくもないしね。
8時をまわってから別の看護師さんが来た。血圧を測りながらいろいろと話した。
血圧は119/90。体温は36.2度、酸素量は98%。
この酸素を測るやつ。指先にちょっと挟むだけで
毛細血管からの酸素が出ている量を測ることができるらしい。
健康だと96〜100%。それに達しないと体が酸欠状態らしい。まぁ、健康だ。
しっかり休んでくださいねーと言ってもらえただけで、やっぱり和む。ありがとう。
10時半頃、就寝。

手術日

(2008年11月X日)

朝5時30分頃に起床。いつも通り。夜は何度か目が覚めた。
看護師さんの見回りの音が聞こえたので、その都度起きていたのかな。
睡眠はまあまあとれたかな。部屋が乾燥気味だったせいか、水を飲みたい。でも我慢。

6時30分頃に看護師さんが来た。
体温は36.4度。血圧は120/80。酸素は97%。
入院着はセパレートではない1枚のものということで交換した。
パンツもはかずに手術室に向かうとのこと。

8時15分頃に看護師さんとオペ室へ。
S先生も挨拶に来たけど、手術室で!と一言で行ってしまった。
手術部の看護師に引き継がれたが、カメラのことはなんだかいやそうな感じ。
対応もイマイチだなぁ。自分が緊張しているからかな。

自分のオペ室に行くと2人ほど医者かな?いた。
寝て心電図のペタペタをはり、麻酔の準備しますねーと言われて、もう覚えていない。

手術1手術2

「終わりましたよー」の声で起こされたけど、何が終わったのかしばらくわからなかった。
おなかがすいたなーくらいしか考えが浮かばなかった。
しばらくして、あー手術だったんだと我にかえった。
何時か聞いたら11時40分とのこと。840mlとったみたい。

あとは酸素マスクをして寝たまま。
身体を動かそうとも思わなかったし、ずっと寝たままだった。
意識はしっかりしているけどね。
血圧は昼にはかったときは140/90。体温は36.8だったけど、
3時頃に測ったら108/70で37.4度だった。
その後、4時頃でも108/70で37.7度。あがってきた。

午後5時に酸素マスクをとって、カテーテルもぬいてもらった。
これで一安心かな。
6時過ぎに夕食を持ってきてもらった。おなかがすいていたけど、
しばらくすると不快感も。
でも完食した。食べなきゃ。

眠いのでずっと横になっていたら、看護師さんが電気を消してくれた。8時30分頃。
その後10時頃に一度目覚め、トイレに。ようやくおしっこが出たが、しみるー。
11時にもおしこっが出たけど、やっぱりしみる。このへん、前回と違うなぁ。

前は痛かったのは最初だけだった。その後も1時間おきくらいに目が覚めた。
腰が痛い。トイレも2時、4時といった。少しずつ痛みはなくなっていているけど、
まだ不快感がある。夜の2時に熱もはかったら37.4度。
3時の見回りにきた看護師に水枕を交換してもらった。

手術翌日

(2008年11月X+1日)

朝6時30分に起床。おしっこにいく。まだ痛い。
歯をみがいていると看護師さんがきた。
まだ手術着のままだった自分を見て、寝着を用意してくれた。ありがとう。
顔をあらいコンタクトもいれ、ようやく少しスッキリした感じ。あと頭をあらいたいなぁ。
血圧は118/76。体温は36.9度、酸素は97%。だいぶんよくなってきた。

夜に痛かったり暑かったりおしっこにいきたかったりで、1時間ごとに起きていたことを
話すと痛み止めを処方しますか?ということになった。ので、のんでみることにした。
少しは楽になるかな。

点滴をして、ちょっと楽になったところで朝食へ。今回も完食。
その後、ドクターがきて健診をしていった。患部はあとできれいにするとのこと。
看護師がきて体温と血圧をはかった。36.7度で121/80。酸素も97。
もう戻ったかな。
点滴を1本した。

昼食も全部食べて、午後もゴロゴロ。ちょっと昼寝したり、パソコンしたり。
余裕が出てきたな。
途中、体温をはかったら、37.2度あった。血圧は120/78だし酸素も97。
まだ微熱が続くのかな。

夕方になってS先生が来て、スタッフルームで処置した。
患部はだいぶおさまっているみたい。
消毒してもらい、大きなガーゼからばんそうこうになった。
でも清拭はできなかった。

夕食も全部食べた。この食事で十分な量だ。動いてないしね。
夜、最後の点滴を1時間ほどして、点滴の針もとった。
氷枕をもってきてもらい、9時30分に就寝。

退院の日

(2008年11月X+2日)

夜中に2度ほどトイレに行ったが、朝6時20分頃起床。
体温を測ったら36.6度。
看護師さんがきて血圧を測った。118/80。酸素も98。順調。
採血をした。あとは結果待ちだ。大便も少し出た。よかった。

9時30分頃にコーディネーターさんがきた。術後24時間の体調確認だ。
直後は痛くないと言っていたけど、やっぱり痛い。動かさないと痛く感じないからか。
骨髄移植の体制のことなどしばらく話をして帰った。

それからS先生が来て、血液の結果は大丈夫なので退院できますとのこと。
骨はやっぱり硬かったみたい。何かスポーツしていました?と訊かれた。
大変だったけどやっぱり頑丈な身体でよかった。

看護師に防水シールを貼ってもらってシャワーをあびた。気持ちいいー。
その後、改めて看護師に患部のばんそうこうを取り換えてもらった。
もう何もしなくていいみたい。
取り換え中にファミリーが来てくれた。うれしいなぁ。

ようやく退院。
自分の時間はたっぷりあるけれど、やっぱりいつもの生活がいい。
ナースステーションにお礼を言って11時頃に帰宅となった。

退院後

(2008年11月X+4日)

今日から仕事に復帰。
いろいろと挨拶をすませた。腰がまだ重い感じ。
特に今回は腰が全体的に重いというのもあるのだけど、患部直接の痛みもまだある。
たくさん刺したからかな。骨が硬くてなかなか刺さらなかったと言っていたけど、
刺しすぎだろ。

それから若干貧血気味。あまりあちこち動き回るにはつらい。
一日仕事をするとやっぱり疲れも出てくる。これはそのうち慣れてくるだろう。
それよりも、痒みがある。腰の左右やおしりの上などなど。
採取直後にガーゼを貼ったところや強力テープでとめていたところだ。
あちこちが赤くなっている。
肌がデリケートなのかぁ。

その後の痛み

(2008年11月X+7日〜)

採取からちょうど一週間たった。腰の痛みはまだある。歩くときもちょっと変な感じ。
でも今日は仕事で重い物をいろいろと運んだ。まぁなんとかなった。
夜にコーディネーターさんから電話があった。
まだ腰に痛みがあることと、かぶれがひどかったことを話した。

採取から2週間。
コーディネーターさんから術後の状態を確かめる2度目の連絡があった。
実際のところ、腰はまだ痛い。患部を押したらもちろん痛いけど、
なんだか腰に何かが刺さっているような感じがする。
重たいものを持つと特に違和感がある。

それから、採取部分が10数か所に及んだことも。説明書では2〜6か所なのに。
術後に説明を受けたけど、十分な説明でなかったかもしれないことも話した。
こちらもやっぱり術後は動揺しているのかな。

コーディネーターにはどれだけ刺したかとかいう話は病院からは伝わらないみたい。
いろいろと関わってくれるのに十分な情報がいかないのは
今後のコーディネートの課題になるのじゃないかな。
結局、術後健診でT先生に話してみてくださいということになった。
こちらとしても主治医よりもT先生の方が話しやすいし、そうしよう。

患部の痛みの感じは前回よりも5〜7日くらい遅い感じかな。
術後2週間で前回の術後1週間くらいの感じに似ている。
ちょっと回復が以前よりも遅めだ。
まぁ、日々回復しているのはわかるので不安視はしていないけど。

患者さんからの手紙

(2008年11月X+14日)

患者さんから手紙が届いた。内容は、感謝の言葉がたくさん書かれていた。
とてもとてもうれしい。
絶対に元気になるという決意、そして、元気になったらもう一度手紙を書く
ということも書かれていて、ほんとうに嬉しい限りです。
やっぱり手紙をいただくと、提供してよかったなぁと感じる。
自分の子どもも何度も何度も「手紙を読んで!」と言ってくれた。
思いが伝わるんだろうな。
はやく返信したいなぁ。

術後健診

(2008年11月X+17日)

術後健診の日。前日にコーディネーターさんから電話があり、
「同行しましょうか」と言われたけど、断った。
病院内の場所確認のためにわざわざ来てもらうことでもないし。
血液検査だけだしね。

朝早々に病院に向かい、受付を済ませて血液採取を行った。
2本血液をとって血液内科へ。程なくT先生による診察となった。
血圧は118/78。先日の事務所で行った健康診断とは全然違う結果だった。
こちらの方が落ち着くのかな。

コーディネーターさんからたくさん刺してあることの話が既にいっていて、
触診のあと患部を見せた。
左右7か所ずつ。計14か所の穴。元に戻りますよと言われた。
男の人の骨盤ですね〜とも。骨盤が小さいらしく、針を刺すところを
探さなければならなかったみたい。T先生が話すとなんだか説得力を感じる。

血液の結果は異常なし。手短に進んでいき、ありがたい。
結局、あっという間に診察が終わった。何度も何度も先生からお礼を言われた。
今後はぜひ啓発に力を入れてください、とも。自分でもそうしたいと思っている。
2度の経験をうまく生かしていきたいな。

後日、コーディネーターさんから電話があった。
毎週あった体調の確認の電話。結局術後1か月の間、毎週電話をいただいた。
もうなんともないですよーと答えて、これでコーディネート終了。
いろいろとありがとう。
これですべて終了。
今後は自分なりに啓発に力を入れていきたいと思う。

 (totemさんの1回目の体験記はこちら

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