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ドナー体験記



北京オリンピックで熱かったこの夏、私は貴重な経験をせていただきました。

10年以上前に骨髄バンクにドナー登録していたのですが、
このたび同じ白血球の型をもった患者さんがおられることがわかり、
骨髄移植のドナーとして手術を受けてきました。

手術を受けるにあたり、数多くの先輩ドナーさんの体験記に励まされましたので、
私も簡単ですが体験記を残します。

手術当日までの手続きは、おそらくほとんど同じですので、
いきなり手術の日から書きます。

●手術当日

私なりにベストを尽くそうと、手術の一週間前から
健康状態に気を配ってきたので体調は万全です。
相当いい骨髄が採れるはずです。

病院には前日から入院していたのですが、とてもよい環境で、
気持ちよく手術の日を迎えることができました。
手術当日は、朝7時に起きて、準備をして、9時に手術室に入りました。

ベッドに仰向けになって横たわると、体の状態を測る機械や酸素マスク、
点滴が体につけられ、いよいよ手術開始です。
ドラマでよく見る光景です。

ここから麻酔が注入されます。
数秒で眠りに落ちると聞いていましたが、その瞬間が楽しみだったので、
ちょっと粘ってみました。

まず目の前がくらくらして、目に映る映像が回転してきました。
きたきたという感じです。
早くも我慢の限界か...と思い、目を閉じたら、意識がなくなりました。
5〜6秒くらい、もったのでは?
9時10分ころの出来事です。



これは麻酔に落ちた直後の写真です。
服を脱がされていますが記憶はありません。(笑)
写真撮影は若手のS先生にお願いしました。多謝!

手術は順調だったそうです。
しっかり骨髄も採れました。
M先生、手際のよい手術をありがとうございました。



骨髄は、「濃い血」のようですね。

目が覚めたのは10時40分ごろ。麻酔に落ちてから、ちょうど1時間半後です。
手術の間は、うつぶせだったはずですが、その記憶はまったくありません。
腰の骨に注射を刺されたこととか、何も覚えてません。
寝て、起きたら、すべてが終わっていました。
当然、痛くもかゆくもありませんでした。

麻酔から覚めたときは、すっきりしていました。
ひと仕事終えたような爽快感です。
しかしよく考えると、寝ていただけなので、
ひと仕事どころかなんの仕事もしていません。でも、ピース。



ベッドに乗って部屋に戻りました。
後から思えば、手術よりも、ここから翌朝までが「我慢タイム」でした。

まず、最初の3時間(11時から14時)は、まったく動いてはいけません。
ベッドに仰向けで横たわり、酸素マスクをつけて、左手に点滴を受け、
尿道にはカテーテルが刺さっています。
麻酔が効いているのか、痛さはありません。

動けない時間を楽しむために、手が届くところに、携帯電話、携帯ゲーム機、
DVDプレイヤー、本、MP3プレイヤーなどを配備してもらいました。
まずは、携帯電話で会社にアクセスしました。
グループウェアを開くと、大型案件について報告があったので、
即座に指示を出しました。
手術直後にいきなり書き込んで、メンバーを驚かせることに成功しました。
リモートサービス、超便利です。

しかし、動けないとなると、できることは限られます。
急ぎの仕事を終えると、寝ることにしました。
腰が重い感じがしますが、痛いというほどのものではありません。



次の3時間(14時から17時)は、膝を立てられます。
上の写真はこの時間の写真です。
机の上が散らかっているのは、仰向けのまま手探りで様々な道具を
使おうとしたからであって、私が整理整頓できない人間だからではありません。

再び携帯電話で会社にアクセスしました。
グループウェアには、事業提携について相談が入っていたので、
また即座に指示を出しました。
寝たままでも仕事に精を出す自分がうれしい感じです。
さすがリモートサービス、超便利です。
しかし、できることは少なく、引き続き寝ることにしました。

17時になると、酸素マスクが取れました。
さらに寝返りも認められますので、横を向いて活動できます。
これなら、本を読んだり、ゲームをしたり、DVD を見たりできます。
飲み物も解禁です。早速コーラを買ってきてもらいました。
手術後のコーラ、最高です。

そこから翌朝7時までの14時間を、どのように使おうかと考えていたら、
だんだん体が痛くなってきました。

つらいのは、3点です。
腰、尿道に刺されたカテーテル、左手の甲に刺された点滴です。
どれもたいした痛みではないのですが、動かすと痛いというか、気になります。
腰の痛さは筋肉痛のときのような、動かすと「アイテテテ」となる痛みです。
腰痛になったような感覚です。傷口自体はほとんど痛くありませんでした。

昼間に睡眠を取っていたこともあり、寝ようとしても眠たくありません。
せっかくなので、痛さに負けず、活動的に過ごすことにしました。

まず、「逆転裁判」というゲームに取り組みました。トノサマンの裁判まで終えました。
そして、「鷹の爪・THE MOVIE」という映画を観賞しました。
吉田くんのファンになりました。

ちょっとやり過ぎたのか、翌日、首がコリました。(苦笑)
次の機会には、大き目の枕を持参しようと思います。

夜間は、3時間おきに血圧や血中酸素濃度を測ったり、
点滴を交換したりしました。
真夜中でも関係なく働くナースの仕事はたいへんです。
ナースの方々もお疲れ様でした。

夜明け前には、腰の痛みが楽になってきました。

朝7時過ぎには、点滴や導尿カテーテルを外してもらいました。
Tシャツと短パンに着替えて自由に動けるようになりました。
こうなりますと、食事も取れますし、動ける喜びを満喫できます。
腰に重さは残っているものの、歩行はまったく問題ありません。
手術直後に、しっかり休んでおいたのがよかったのでしょう。
その日は病院でゆっくり過ごし、その翌日の朝、元気に退院しました。
その後も生活には、まったく支障は出ていません。

●振り返って

私が入院したのは、4人部屋でした。
「セミクリーンルーム」という外部の空気が入ってこない特別な部屋です。

というのは、私以外の3人は、血液の病気をもった患者さんだったのです。
その中には骨髄移植を待つ方もいらっしゃいました。
抗がん剤の影響で髪の毛はありません。
「世界の中心で愛を叫ぶ」で見た光景が、
目の前に事実として存在することに衝撃を受けました。

血液は全身に流れていますから、血液の病気は体全体に関わる、
生死に直結する重大な病気です。
鍛え上げられたアンディ・フグの肉体ですら、短期間で蝕む重い病です。

正直なところ、私は骨髄を採取されることに怖さを感じていました。
しかし、患者さんが病気を克服して生きようとする姿を
目の当たりにしますと、意識が変わりました。
「自分の骨髄が、彼らの役に立つのだ」と思うと、怖さが勇気に変わりました。

もし自分が白血病になったら?
自分の大切な人が白血病になったら?
適合するドナーが見つからなかったら?

目を閉じて想像してみてください。

日本の骨髄バンクのドナー登録者数は、
日本より人口が少ないドイツの10分の1以下です。
日本の約5分の1の人口しかいない台湾と同じくらいです。

(登録者数の参考ページはこちらです)

...かっこ悪くないですか。
自分のことも大事ですが、周りの助けがあったから今まで生きてこられたんです。
助け合う心、チームワークを重んじる国にしたいものです。

ドナー登録できるのは、20歳〜55歳までだそうです。
心が動いた人は、ぜひ登録を!

骨髄バンクのホームページはこちら です。
原監督や世界の山下氏も登録していらっしゃいますよ!

さて、採取された私の骨髄ですが、
すでに患者さんの体内に注入されているそうです。
今頃、元気な血液を作り出し、
患者さんに生きる希望を与えていると勝手に信じています。
頼むぞ、マイ骨髄。

もしまた型が適合することがあれば、次回も必ず提供させていただきます。
逆に私が白血病になることがあれば、どなたかの助けを
よろしくお願いいたします。
みんなで助け合って、楽しく生きていきましょう。

以上で、私の骨髄移植体験記とさせていただきます。


P.S. 医療関係者の方へ
導尿カテーテルはぜひ改善してください。
もうちょっと細くて柔らかいのをお願いしますよ。(←吉田くん風に)
※原作者のホームページは、こちらになります。

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