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ドナー体験記

【まえがき】

今回、人生2回目の骨髄バンクドナーとなり、骨髄を提供してきました。

前回、8年前の体験記はこちら

2回の体験を比較して分かったことを、これからドナーとして
骨髄を提供する方々に伝えたいと思い、また性懲りもなく体験記を書きました。

【第2回提供】一日目(入院日)

前回は父が他界した病院での骨髄採取だったけど、
今回は自分が生まれた病院での骨髄採取となりました。
それも自宅から歩いて5分で着いちゃうほどの近さ。
採取病院の第一希望が叶ったという訳です。前回は願い叶わず第二希望。

10時に入院受付ということで、まあ10分前に家を出ればいいか、
と緊張感ゼロのままカミさんの電動車いすに荷物をくくりつけ出発。
入院受付で手続き後、入院する階まで上がり、ナースステーションへ行くと
バーコード付きのリストバンドを付けられる。
最近の病院はどこもこういったシステムなんだろうか、ちょっと驚き。
全てこのバーコードで管理されている。
昔観た「近未来管理社会モノ」の映画みたい。
個室の病室に案内された。地上15階、とても眺めが良い病室。
看護師さんから「レントゲンと心電図を撮ってきてください」と言われた。

検査室に行ってリストバンドを見せればそれで分かるらしい。
すごいなぁ。

午前中には検査も終わり、お昼ごはんを食べたらあとは自由時間。
本を読んだりテレビを見たり、病院内を散歩したりして時間をつぶす。

夕食を食べる前に、手術をしてくれる先生と麻酔科の先生が現れた。
担当の先生はまだ若い先生。
「明日はなるべく痛くないように手術します。よろしくお願いします。」と。
こちらこそお願いします。

麻酔科の先生も挨拶程度で帰っていった。
明日は手術。といっても、8年前に体験しているし、
事前の診察時に麻酔科の先生から「うちの病院は基本的にカテーテルは使いません。」
との言葉をもらっている。
前回の入院で一番ツラかったカテーテルをパスできるので気持ちはとても楽。

10時くらいにはベッドに入るが、緊張からか片頭痛がする。

結局、夜中に耐え切れず持参した頭痛薬を飲んだ。



【第2回提供】二日目(手術日)

病院に用意してもらったT字帯と浴衣に着替え、
NHKの朝ドラを見たところで看護師さんから「そろそろ行きましょう」との声がかかる。

前回の病院では病室で筋肉注射を打ち(痛かった〜)、
ストレッチャーに乗って手術室へ行ったけど、今回の病院では自分で歩いて手術室まで行く。
どうも名前の確認をしてから(入院してから何度自分の名前を言っただろう…)
手術の準備に取り掛かるため、ボーっとした状態で手術室に入ることは最近はあまり無いらしい。

手術待ち合わせ室に到着。

先客の女性が一人。看護師さんと話をしていると、次々に手術を受ける人が入ってくる。
みんな緊張の面持ち。
まだ4・5歳くらいの男の子が子ども用ベッドに乗せられて入ってきた。

まだこんな小さいのに…。

一人またひとり、手術室担当の看護師さんに呼ばれて、名前を確認し、中に入っていく。
最後に自分の名前が呼ばれた。
病室の看護師さんにメガネを渡し、手術室の看護師さんに身柄の引き渡し…。
メガネを外したので、ぼんやりとしか回りが見えない中、手術室へ入る。
担当の先生が待っていた。
ベッドに乗り、タオルを掛けられ、浴衣を脱ぎ、裸になる。ここでちょっとした問題発生。

診察時の女医さんとは違う、男の麻酔科の先生から「カテーテルなしということだったんですが、
うつ伏せになるとお腹を圧迫し、尿が出てしまう恐れがあるので、
麻酔が効いたところでカテーテルを入れ、手術が終わり麻酔がまだ効いているうちに
カテーテルを外しますので、それでご了解願えませんでしょうか?」とのこと。

「えっ?話が違うじゃん」と思ったけど、こちらは今まさに“まな板の上の鯉”状態、
「分かりました」としか言えなかった…。

前回、麻酔から覚めた時に、カテーテルが入っているのがとても不快で、
最悪だったので、それがないならまあいいや、と納得した。あとで泣くことになるんだけど…。

点滴を入れ、マスクを付け、大きく息を吸ったが最後、悔しいほど見事に意識が飛んでいる…。
「井上さ〜ん、息吸って〜」という声がもうろうとした脳に認識される。
ああ、手術が終わったんだな。

「自己血を全部戻したら病室に戻りますよ〜」と看護師さんの声。
頭がボヤ〜っとして気持ちいい。
あれ?どこからか泣き声が聞こえてくる。
あっ、先に手術室に入っていった男の子が泣いてるんだ。よく頑張ったね。もう終わったよ。

まだぼんやり眠たいままストレッチャーに移され、そのまま病室に運ばれていく。
エレベーター横の時計を見ると12時15分。
4時間の小旅行。
看護師さんから3時まではベッドで安静にしてくださいと指示を受ける。

じゃあそれまで寝ようかな、と目を閉じる。
3時までは寝たり、起きたりを繰り返す。
喉と尿道が少し痛い。
3時になると看護師さんから「昼食が取ってありますが食べられますか?」と。

ちょうど空腹を感じていたので一応持ってきてもらうことに。
前回は昼食は食べることすら頭になく、夕食も少し口を付けただけで
気持ち悪くなってしまったので、ちょっと自分の空腹感が信じられない。
食事を目の前にしても気持ち悪いどころか、お腹が空いたーって感じなので食べてみる。
「おいしい!」。結局全部平らげてしまった。
もうベッドから出て、歩いても良いとのことで、早速トイレに。

「うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」 

やっぱり超激痛…。

アスファルトで皮膚を擦りむいたときのような痛さ、
その擦りむいた傷に熱いシャワーをかけた時の痛さ、
傷の場所を「ぎゅっ!」っとつねられるような痛さ、
そんなのがいっぺんに押し寄せてくるよう…。

おしっこが出る時と出終わる時がものすごく痛い。
でもおしっこの切れが悪いので、何度も出終わりの痛さを味わう。

2回目のおしっこからは出すのが恐ろしく、気持ちがブレーキをかけて、
したいのにおしっこがなかなか出ない。

しかし点滴が入っているのでおしっこはハンパなくたまる…。


おっと。そういえば腰のこと忘れてた、ってくらい腰の痛みはほとんど感じない。
「本当に手術をしたの?」って思うほど。
前回は初めてだったので「これくらいの痛みならそんなにつらくはないな」
と思っていたけど、今回はそれよりも遙かに楽ちん。

前回は次の日に手すりを使って歩いたり、すり足で歩いたりといった具合だったけど、
今回は手術当日なのにほとんど普通に歩けるくらい。
医学の進歩なのか、先生の腕なのかは分からないけど、
前回の腰の具合を10としたら今回は1か2くらい。
前回は手術当日は病室内のトイレまでしか歩けなかったけど、
今回は食堂や談話室など全然平気で行けちゃう。

夕方にカミさんが現れる。
僕のハスキーボイスを聞いて物真似のリクエストをしてくる。
人で遊ぶなって(笑)。

夕食もおいしく頂き、もちろん完食。
ちょっとボーっとするなぁと思い、体温を測ると熱は37度くらい。
することもないので、もう横になる。
頭がちょっと痛かったので先生から鎮静剤(ロキソニン)をもらう。
寝っ転がっていると点滴が邪魔。
明日の午前中に外せるとのこと。
前回は手術当日の就寝前には外れたのになぁ。

夜中に2回トイレに行く。

まだまだ超激痛。

でも人間って痛みにも慣れてくるのか、心理的ブレーキはだいぶ弱くなってきた。

【第2回提供】三日目(休息日)

朝、腰の痛みはほとんどない。
排尿痛はまだ結構ある。
一番痛いときを10とすると7くらいか。

喉の痛みはほとんどなくなった。
朝食を食べて、最後の点滴をつなぐ。
先生がガーゼ交換にやって来た。
前回は左右に5カ所の計10カ所の刺し跡があって、
ガーゼも腰全体を覆うくらいのサイズだった。

今回は湿布サイズ程度。
「傷の経過も良いのでテープだけ貼っておきます」とのこと。

先生に腰のことを聞いてみた。
「皮膚の刺した跡は左2カ所、右1カ所の3カ所です。
前回はそんなに刺したんですか?ちょっと多かったですね。

腰が痛むのは骨膜という骨を包んでいる膜が痛むんですが、
刺す箇所が少なければそれだけ痛みも少ないので、一箇所からできるだけ骨髄を採取します。

若い時の方が一箇所からより多く採取しやすいんですけどね。」なるほど、納得。
それで先生、「できるだけ痛くないように採取しますね。」と何度も言ってくれたんだ。
今回の骨髄は900ミリリットルで前回も同じくらいの採取量だったと思うけど、
前回は腸骨全体から採取したので、骨膜の痛みが大きかったけど、
今回は4センチ四方のテープを左右2箇所貼る程度の
限られた範囲にしか針を刺していないので、
それでこんなに痛みが少ないんだろう。

午前10時くらいに点滴が外される。
ずっと浴衣にT字帯だったので、パジャマに着替える。
ちなみにこれから手術を受ける人へ。

サンダルとベストは必需品です。

持っていくと幸せになれます。

熱も下がり、頭痛もなくなり、不快感はほとんどなくなった。
立ち上がる時に腰が重く感じるくらい。

午後はドナーのほとんどの人がやってしまうという「病院探検」。
地下に図書室みたいな病気の情報コーナーがあり、そこで時間をつぶす。
そして、またブラブラ。
スターバックスでコーヒーを飲んだり、屋上庭園に出てみたり。

病室に戻ってきて最後の晩餐。
ご飯200gって結構多い。
病院食で太るかも。

排尿痛はだいぶ良くなってきたがまだ痛みを感じる。
一番痛いときを10とすると4くらい。

【第2回提供】四日目(退院日)

朝起きて朝食を食べる。排尿痛はまだあり、一番痛い時を10として2くらい。
片づけをしたり、テレビを見たりして退院を待つ。

9時30分頃、コーディネーターさんが来てくれた。
コーディネーターさんとはこれでもう会うことはないんだなぁ…。

骨髄提供は2回で卒業だし。思い起こせば前回、
2004年の骨髄提供の時からずっとお世話になっている。
2006年、2010年と患者さん理由で
コーディネート終了になった時もお世話になった。
今回が4回目のコーディネートだった。
いつもやさしい笑顔とやさしい声で対応してくれる、
どんな時でも気配りを忘れない素敵な人だった。
聞き上手で、こちらの不安な気持ちをうまく聞き出してくれた。

いつでもドナーに寄り添ってくれる僕らのサポーター。
コーディネーターさんがいなかったらどれだけ心細いか。
何の不安もなく骨髄提供ができたのもコーディネーターさんのおかげです。

これで会えなくなるなんて本当に寂しいです。
今までありがとうございました。

…と、本人に言えたらどんなに良かっただろう。

結局、本人を前にするとうまく感謝を伝えられない、口べたな自分…。
コーディネーターさんとの思い出と、“ありがとう”
というありふれた言葉しか言えなかった。

10時頃先生がやって来た。
血圧などを測りながら体調を聞かれる。
先生に、ぜひカテーテルなしで骨髄採取ができるように、とお願いする。
カテーテルに関しては麻酔科の医師の判断になってしまうので、
難しいところもあるけど、ドナーへの負担はできるだけ減らしていくように努力する、
と言ってくれた。若い先生っていいな。

その若い力でドナーに負担の少ない、より良い方法へ変えていってください。
よろしくお願いします。

術後検診の予定を決めて、退院許可が出る。

しばらくしてカミさん登場。

荷物を車いすにくくりつけて、眼下の我が家へ。

家に着いてしばらくしてリストバンドが付けっぱなしなことに気がつく。
最初はあれだけ気になったのにな…。

少し寂しさを感じながらリストバンドを外した。



骨髄バンクでは2回骨髄提供をしたドナーは、
今後のコーディネート方針が決定するまで登録が保留となります。

僕は97年に登録をしてからドナーに選定されたのが5回、
平均すると3年に1回の割合でオレンジの封筒が届いていたことになります。
日本人に多くあるHLAのタイプなのでしょうか。

必要としている人がいるならぜひ提供したいと思いますが、
そういう訳で今のところは提供できません。

なんだかちょっとお払い箱になった気分…なんちゃって。
でもせっかく2回の体験をさせてもらったのだから、この体験を活かしたいと思いました。

拙文ですが、これから骨髄採取を受けるドナーさんの一助になれたらうれしいです。

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